① 掲げられた影*
見上げた先には、雲を突き破るように聳え立つ巨城。
夕映王国の象徴にして、治安維持組織〈夕輝士団〉の本拠地――夕映王城天守閣だ。
「本部ってか、城じゃん。王サマも住んでんの?」
「まさか。女王様たちは別の御殿にお住まいなのよ」
「ふ~ん」
三明は気の抜けた相槌を打ちながら、城を見上げたまま視線を巡らせる。
剣の腕も家事能力も一流のくせに、案外こういう常識は抜けている。
(……ほんと、アンバランスよね)
だからこそ分かる。
──この少年が“外”で生きてきた時間の長さが。
◇
重厚な正面扉を抜けた先の、玄関ホール。
普段は素通りするその一角で、二人は足を止めた。
壁際に設けられた巨大な掲示板。
そこには、国家を揺るがす特級危険人物――通称“伍刃”の手配書が並んでいる。
⸻
【指名手配:伍刃】
* 金鋼ノ獅:元夕輝士団総団長 レオナルド・スカイライト
* 黒金ノ竜:反王制組織・鉄辰冥団幹部
* 黄金ノ虎:西離地方盗賊団・銀戌牙団幹部
* 白銀ノ狼:西離地方盗賊団・銀戌牙団若頭
* 青銅ノ鮫:東燿地方海賊団・鉾丑海賊団船長
⸻
三明の眠たげな目が、さらに虚ろになる。
「何っつ~か……すげぇ似顔絵だな」
無理もない。
あるものは、かなり残念な画伯タッチ。
あるものは、やたら麗しい乙女の願望系イケメン。
統一性? そんなものは最初から存在しない。
「財政難で、優秀な絵師を雇う予算がないって聞いたけど……くくっ、これは……っ」
笑いを堪えきれず、肩が震える。
三明は虚無の表情で、真紅の薔薇を咥えたキラッキラな銀髪貴公子(風)を見つめていた。
「その人、知ってるの?」
「……全然似てねぇけど」
ぼそりと呟く三明。
南燿地方で出会った盗賊たちのことを思い出し、陽南は声を潜める。
「“若頭”って……三明が、小さい頃に面倒見てたんだっけ?」
「あぁ。よく覚えてんな」
「良くも悪くも、今や立派に成長したってことね」
「嬉しくねぇ……」
溜息混じりに視線を戻した三明が、動きを止める。
一際大きく貼られた、一億映の賞金首。
元総団長、レオナルド・スカイライト──その、似顔絵は。
「……金髪のジャガイモ?」
「ぶっ、あははははははは!」
耐えきれず、陽南は腹を抱えて笑い転げる。
「なにこれ! 酷すぎ! あははは!」
本人を知っているからこそ、可笑しくて堪らない。
──だが、次の瞬間。
「《爆雷降!》」
「……姉御っ」
「わっ!?」
三明の声と同時に、陽南は反射的に跳び退いた。
――ズガンッ!!
耳をつんざく轟音。
掲示板の真正面に、雷が落ちる。
「私の前で、赤司隊長の悪口を言ったら許さないよ?」
立ち上る煙の向こう。
現れたのは、朱子隊の同期――稲隈真保だった。
「ちょっと真保! 危ないじゃない!」
「私、信じてたよ? ひぃちゃんなら避けるって」
「廊下で雷術使うなって言ってるの!」
栗色のボブカットを揺らし、真保は不満げに頬を膨らませる。
「だってぇ、私に隠れて赤司隊長と“文通”してたら、ジェラシーのライトニング落としたくなるでしょ?」
「ただの報告書で一々殺意向けないで!?」
「っつ~かコレ、隊長サンが描いたのか……」
三明の呆れ声に、真保がくるりと振り向く。
「というかこの子、誰?」
「空見三明。……あたしの相棒よ」
「……ど~も」
紹介すれば、ぎこちなく頭を下げる三明。
なんだか嬉しくなり、傍らの金髪をくしゃりと撫でた。
「……なんだよ」
「別に、なんとなくよ」
迷惑そうな声だが、振り払う素振りはない。
そんな様子を、真保が興味深そうに見ていた。
「男子にそこまで気を許してるの、珍しいね」
「……そう?」
「しかも、ひぃちゃんの好みとは真逆の子だし」
「!」
前に武智が言っていた『年上長身イケメンが好み』という話。
それを勝手に吹聴したのは──。
「……噂の出どころ、あんたか!」
「てへっ⭐︎」
悪びれる様子ゼロ。
そこそこ長い付き合いだが、彼女の小悪魔っぷりには困ったものだ。
◇
廊下を進み、朱子隊隊長室の前で立ち止まる。
「どうぞ」
軽くノックをすれば、穏やかな声。
中では、隊長・康志が優雅に紅茶を嗜んでいた。
「おはようございます、大鳥さん」
「はぁ……おはようございます、隊長」
お茶会に招かれたような穏やかさで迎えられ、思わず脱力する。
「おや、君は……」
ふとカップを置いた康志が、水色の瞳を細める。
「もしかして、レオさんの息子さんですか?」
「え……知ってるんですか?」
「親父の元部下だってさ」
三明が肩を竦める。
「あんた、隠し子なのよね? 全然隠してないじゃない」
「瑞希サンと康志サンだけだ、多分」
「えぇ。その代わり、親馬鹿書簡──息子愛を十枚綴にして月一で送られてきましたけどね……」
「毎度メイワクかけて、ホントスミマセン……」
遠い目をする康志、そして三明。
陽南も軽く頭痛を覚える。
(相変わらず、迷惑極まりないわね……)
だが次の瞬間、空気が変わった。
「さて。本来は視察報告を聞く予定でしたが……変更です」
静かな声。
康志が、一通の書簡を差し出す。
「大鳥さん、空見君。お二人宛てに――『勅書』が届いています」
そこに刻まれた、威厳ある筆跡。
『登城次第、女王ノ御前ヘ参上セヨ』
──ぞくり、と。
陽南の背筋を、冷たいものが走った。




