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Crescent Quest 〜陽光ノ道標〜  作者: Soji
第一章 朱陽ノ出立
16/18

幕間 水鏡の向こう側*


「おい、姉御っ」


「陽南さん!?」


 ――次の瞬間、彼女は炎の中に消えていた。


「陽南さんっ! 待つんだ! 無茶にも程がある!」

 

 慌てて呼びかけるが、返事はない。

 武智は本気で焦った。


「君たち、体力に自信のある者はいるか!? 誰か、陽南さんを追ってくれ!」


 夕輝士団本部の副隊長という権限を使って命じる。

 しかし、地方支部の隊士たちは不安げに顔を見合わせるだけで、誰一人として動かなかった。


「っ、なら僕が!」


「落ち着け、タケチ君」


 異様なほど冷静な声に、武智はカッとなる。


「黙れ盗賊! 人の命をゴミ同然に切り捨てる奴が、僕に指図するな!」


 激情のままに吐き捨てながらも、言葉に詰まる。


「“元”盗賊な」

 

 彼の眼差しは――あまりにも静かで、真っ直ぐだった。


「タケチ君まで突入して、共倒れになったら困るだろ。中に入るのは、火を消してからだ」


 相変わらず地面に座り込んだまま言われ、武智はわずかに息を飲む。

 悔しいが、三明の言う通りだ。


「っ、しかし……僕の術力量で発動できる水術は、一回が限度だ。果たして、屋敷全体の火災を消せるだろうか……?」


「おれが何とかする。とにかくタケチ君は、全力で術をぶっ放してくれ」


 頭の奥で、警鐘が鳴る。

 ――盗賊を信用するな。


 だが、迷っている暇はない。


「姉御を助けたいって気持ちを、思いっきりぶつけるんだ」


 術力の源は、体力及び生命力。

 それを制御するのは、強い感情と精神力だ。


「――うおぉぉぉぉ! 水よ! 弾けろぉ!」


 術杖を構え、力の限り叫ぶ。


「《スプラッシュショットォォォ!》」


 激しい水撃が杖先から吹き出した。

 全身全霊を込めた分。猛烈な脱力感に襲われ、その場にへたりこむ。

 

 入れ替わるように立ち上がった三明が、両手で小太刀を掲げた。


「《光鏡コウキョウ》」


 水撃の軌道の先に、円い光の膜が展開された。

 弾かれた水が、衝撃で広がる。


 さらに、三明は息を詰めるように力を込めた。


「《天蓋テンガイ、光鏡》……っ」


 瞬間、視界が白く染まった。



挿絵(By みてみん)



 ドーム状の光が、炎と屋敷を包み込む。

 その内部で、水が勢いよく降り注いだ。


「…………」


 轟音とともに、火は急速に勢いを失っていく。


「空見っ!?」


 火が消えた直後、三明の身体が前のめりに崩れた。

 慌てて支えた肩は、服越しにも冷え切っている。


 ――術力枯渇だ。


「何とかなった、な」


 指一本動かせないまま、それでも金の瞳だけを動かし、三明は武智を見上げる。


「早く“仲間”を助けてやって。副隊長サン」





 その後、陽南と子どもを救出し、医者に診せた。


 その合間、三明から事情を聞く。昼間に遭遇した三人組の特徴を、彼は迷いなく答えていった。


「一人は四十代、あとの二人は三十代前半。身長は──」


 彼への疑念は、ほとんど消えている。

 ――だが。


(……やはり、どこか冷たい)


 昔の仲間を、あっさりと切り捨てる。

 その割り切り方が、どうにも気に入らない。


(盗賊団を抜けたからといって──)


 武智の脳裏に、過去の記憶がよぎった。


 陸奥家の別荘が襲われた夜。

 使用人が命を落とし、屋敷が焼け落ちた、あの光景。


 ――盗賊は、信用するな。


「…………」


 宿に戻り、陽南を部屋に運び込む。

 そして、沈黙。


「少し外、行ってくる」

 

 張り詰めた空気を読んだかのように、三明は屋根へ上がっていく。


 ──そして。

 そのまま一晩、戻ってこなかった。





 早朝、窓の外。


(……毎日、やってるのか?)


 朝靄の中で、小太刀を振るう金髪の少年がいた。


 素人目で見ても、技量は高い。

 だが、筋力は陽南に遠く及ばない。

 術力量も、決して多くはないのだろう。


 それでも――ひたすら素振りを繰り返している。


(あいつ……)


 才能に恵まれた者の余裕など、欠片もない。

 ただ、足りないものを埋めるような、愚直な動き。


 仲間のために術力を使い切り、なお剣を振るう姿。

 普段の気怠げな態度からは、全く想像していなかった。


(……なるほどな)


 武智は、未だ眠る陽南を振り返る。

 彼女が三明を隣に置く理由が、少しだけ分かった気がした。


(陽南さんなら……きっと、許すんだろう)


 目いっぱい叱りつけた後、すべてを受け入れてやる。

 そんな姿が、容易に思い浮かぶ。


(……僕は)


 名家の嫡男としての重圧。

 伴わない実力。

 性根もすっかり捻くれて、歪んでしまった自覚はある。


 それでも。

 彼女の信念に憧れた、この気持ちだけは本物だ。


「――よし!」


 勢いよく頬を叩く。

 ……思ったよりも、結構痛かった。


 三人揃った時に、ちゃんと話そう。

 自分の中にある、この感情を。


「おい、空見!」


 気付けば、自然に声が出ていた。

 手を止めた三明が、わずかに振り返る。


「早くしろ、朝食の時間だ!」


 諦めなければ、人は変われる。

 彼もそうだったなら、自分だって──。





→第二章『月下ノ選定』に続く

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