⑭ 陽光の道標*
朝、陽南が目を覚ますと、天幕の中は空っぽだった。
(武智君まで早起きなんて、珍しいわね……)
「──ん〜、例えるなら……血液の流れに乗せて、指先へ集める感じ?」
「む、難しいな……」
外から漏れ聞こえてくる声。
三明が、武智に術の指南をしているようだ。
「あ、タケチ君。左利きなら、術杖も左手に──」
「っ、一々言われずとも分かっている!」
(だから食事中、肘がぶつかったのね……)
彼が左利きなんて、全く気付かなかった。
ちなみに陽南は右利きで、三明も右手で剣を扱っている。
「へぇ、術士も利き手って関係あるの?」
天幕を出て会話に割り込むと、武智が大袈裟なほど飛び上がった。
「ひ、陽南さん!?」
「姉御、おはよ」
「おはよう、三明」
挨拶を返し、気まずそうに身を縮める男へと向き直る。
「頑張って、武智君。上手くいけば、またあの大百足に会った時に助かるわ」
「よし、やってみよう」
武智は掌を返したようにすんなり頷く。
左手に持ちかえた術杖を握り締め、高く掲げる。
「水よ、弾けろ! 《スプラッシュショット!》」
杖の先から勢いよく水が噴き出した。
まだ威力は乏しいが、以前よりはるかに鋭い。
「お、い~感じ。あとは慣れだな」
「ふ、ふん。大して術力も無い奴が、偉そうに……!」
いちいち癪に障る物言いは、毎度ながらカチンとくる。
しかし三明は苛立つどころか、ふっと目を細めた。
「ん。おれよりよっぽど素質あるんだから……自信持てよ、タケチ君」
「……くっ」
年下の元盗賊に翻弄される、華族の上官隊士。
可笑しくも温かい光景に、陽南はこっそり微笑んだ。
◇
王都への帰路、何度か妖獣との戦闘があった。
武智も必死に術を放ち、陽南達をサポートする。
「この辺りでは、さほど妖獣に遭遇しないはずなんだが……」
「えっ!? あたし達、結構戦ったわよね……?」
「いや。だいぶ少なめだろ」
小太刀を収め、三明が淡々と言った。
「王都に来る道中、ほぼ毎日戦闘だったし」
盛大に顔を引き攣らせる武智。
そして、野蛮な元盗賊だ何だと騒ぎ出す──
「お前な……一体どんな悪路を通ってきたんだ?」
と、思いきや。
「ん〜、基本は森ん中とか峡谷とか……?」
「普通は街道だろう!? 馬車くらい使え!」
「ムリ。おれ、すぐ馬車酔いするし」
「軟弱な奴め! あんなものは慣れだ、砂漠でなければ特別に乗せてやったのに……!」
(……武智君)
召使いや元盗賊という肩書きではなく。
ちゃんと彼を仲間として見てくれるのが、嬉しかった。
「絶対ヤダ。……あ」
ふと三明が、砂漠の先へと目を凝らす。
「何か見えた?」
「距離、千ちょっと。なんか建物がある」
やがて、燿央・南燿地方の関所が見えてくる。
広大な砂漠地帯にも、ようやくお別れだ。
「──さて。ここからは、別々になるな」
視察報告のため、陽南と三明は王都へ戻る。
そして武智は、引き続き現地調査を行うという。
「またな、タケチ君」
「道中、一人で大丈夫? 気を付けてね」
「問題ないさ。砂漠でなければ馬車を呼べるからな」
(このお華族様な発言だけはムカつくけど……)
じとりと睨む陽南に気付いているのかどうか。
武智は優雅に微笑み、魅惑の提案を口にした。
「王都へ戻ったら、我が家の晩餐会に招待するよ」
「えっ本当!? 楽しみにしてるわ!」
前言撤回、持つべきものは金持ちの友人だ。
三明の物言いたげな視線は当然スルーした。
「……陽南さん。改めて聞くが、本当にいいのか?」
豪華な食事に思いを馳せていると、不意に武智が表情を引き締める。
「その、僕としては、結婚を前提に真剣な交際をするのもやぶさかでは──」
「あっ大丈夫です一生そんな気にはならないんで!」
食い気味にお断りすれば、武智はがっくりと肩を落とした。
ついでに、我関せずと空を眺めている三明の肩を引き寄せる。
「そもそも、今はこの子の面倒見るので精一杯だから。ね?」
「はぁ?」
「……まぁ、空見の世話があるなら仕方ないな」
「おれは犬猫かよ……」
三明はなんとも言えない顔で嘆息した。
そんな彼を、武智は得意のドヤ顔で見下ろす。
「おい、空見!」
「?」
「お前には負けないからな、首を洗って待っていろ!」
「……何が?」
きょとんと小首を傾げる三明。
武智は黙って笑みを深めると、大きく手を振ってみせた。
◇
しばらく歩いてから、ふと三明が言った。
「タケチ君、なんか雰囲気変わったよな」
「そうね」
「“タマノコシ”、ホントに良かったのか?」
真顔で聞かれ、思わず咽せる。
「そういうのは当分いいわ。今は、あんたがいれば充分だって言ったでしょ」
「あ〜、『手のかかる弟』ってヤツ?」
以前、陽南は確かにそう言った。
──だが、今は。
「うーん……やっぱり、ちょっと違うかも」
「?」
不思議そうな視線。
陽南は強気な笑みを返す。
「弟というより“相棒”かな。あんた結構頼りになるし、一緒にいて楽しいし!」
「…………あいぼう」
「えっ何、だめだった?」
踏み込みすぎただろうか、と不安になる。
だが三明は小さく首を横に振り、噛み締めるように呟いた。
「いや……悪くねぇ、かな」
「よかった、じゃあそれで!」
晴れやかな心地で、彼の隣に並ぶ。
三明は眩しそうに、けれど穏やかに目を細める。
「改めてよろしくね、あたしの相棒さん?」
「了〜解」
温かく降り注ぐ陽光の下。
陽南は彼に微笑み返すと、共に確かな一歩を踏み出した。
──これは、
互いを守る理由と、
ひとつの標を見出した話。
【第一章 完】




