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第三十二話 「外は安全?」

 紅魔の月(ブラッドムーン)はまだ続く。

 今日の夜に限りだが、月は紅く染められる。

 そして、その日は魔物が凶暴化し、人を食らう。


 「ギィァァァァ!」


 眼前の漆黒の生き物がトウマ目掛けて飛びかかる。

 彼は冷静に、申し訳なさそうに目を閉じると『草薙剣』を合わせる。


 鞘から抜かずとも、鋭い切れ味のそれは黒獣を一刀両断にした。


 闇夜の中で風がそよぐ。

 後ろには高い城壁を構えるケルガルム。

 その近くを流れる一本の河川。

 川を超えれば森林地帯が広がっている。


 「申し訳ございません。本来であれば私が果たすべき事なのですが」


 着流しの、初老の男性がそう言った。

 トウマは振り返り、軽く口角を上げると問題ありませんよ、と言った。


 「して、先程のワンジュ様の行動は一体……」


 ジュラルがそう口火を切ると、トウマは少し戸惑いを見せた。

 これは言って良いことなのか。

 ジュラルも戻って戦うなんて言わないだろうか?

 そんな、心配が彼の胸に広がった。


 「心配ございません。私は戻ることはありませぬ」


 トウマの様子を察したのかジュラルはそう言った。

 フーっと軽く息を吐くトウマ。

 それでは、と言ってその場に全員を座らせた。

 ミユはテクテクと歩くと、トウマの膝の上へと飛び乗った。


 そして、トウマは話し出した。


 「先ず、この争乱の首謀者はソンヨ皇子です」


 「「――っ?!」」


 トウマのその言葉に全員が驚いた。

 ジュラルが口を開こうとしたが、全ては話を聞いてからと彼は自分を落ち着かせた。


 「その理由、まずこの中で、今日一度でも彼を見た人は誰もいないでしょう。


 彼が王国側の人間として戦う姿を自分は見てません。


 そして何より、あの門を閉じろという命令。

 これは図書館で知ったことなんですが、シュラーゲルの国門は世界を見渡しても屈指の強度を誇るとか。

 

 グラン帝国側がそれを知らない訳がありません。

 開けたとしても結界で弾かれる、つまり、開けてもなんの問題もないんです。


 ではなぜ閉鎖させたのか。

 それは、出口を塞ぐことで住民を一斉虐殺させるためです。

 逃げ場を無くした住民がグラン兵に好き放題される。


 その狼煙が恐らく、飛翔してきた火球でしょう」


 「……あまりにも話が飛躍しすぎではありませんかな?」


 全てを聞き終えたジュラルが異議を唱えた。

 それもそうだろう。

 いきなり犯人は皇族で、その理由があまり姿を見かけていないから。


 そのようなことは小学生でも言えよう。


 (手記のことは言えないな。上手く誤魔化すしかない……)


 「それはトウマ殿の言いがかりでは?」


 「いえ、同様の考えをヘルメスからも聞きました。つまりこれは、俺の言いがかりではないんです」


 そのヘルメスに確認を、と思ったがもうそれは不可能だ。

 彼は恐らく死んでいることだろう。

 

 「主犯といえる確固たる証拠が出なければ――」


 「でます。それは必ず」


 トウマが食い入るように言った。

 彼の中では手記でそう綴られていたということを知っている。

 

 ソンヨこの争いを起こしたのは当然、皇帝になりたいという野望があったからだろう。

 つまり、この戦いに勝った時、彼は――


 「皇帝として即位するはず。それが証拠です」


 「はいはーい! こーてーになるのはワンジュ兄じゃないの?」


 今度はミユが異を唱えた。

 トウマはその質問にも迷うことなく言う、


 「確かに後を継ぐことになっているのはあの方なんだろうけど、それが気に食わないからこの反乱を起こしたって言ったらどうなるかな」


 「なるほどなるほどー」


 長兄の自分を棄て、次兄のワンジュを立てたことに怒りを覚えたのか、はたまた別の何かを感じたのかは知らないが、大人しくしている性格ではない。


 トウマは直接会ったことは無いが、以前、ヘルメスやワンジュ、ジュラルからソンヨのことを耳にしたことがある。


 威厳を慮り、地位に固執する人だと。


 そんな人間は歴史上、必ずと言って良いほど帝位簒奪を目論んでいた。


 「腑に落ちはしませんが、今はそういうことにいたしましょう。


 何より、我(・)ら(・)の(・)よ(・)う(・)な(・)人(・)間(・)が話して良いことではありませんからな」


 と、ジュラルはトウマを見ながら言った。

 彼も彼で、いや、ジュラルは主従関係を良く理解していると言った方が正解だろう。


 「この後は一体どうしますか?」


 ジュラルが全員に視線を送ったが、ウリルの元で視線が止まった。

 ウリルはこくっ、こくっと上下に揺れ目を閉じている。


 夜が更けた、という訳では無いが彼はまだ子供だ。

 加えて、こんな忙しい夜に巻き込まれるなんてことは絶対にないことだろう。


 「安全に寝ることが出来る場所を確保しましょう」

 

 トウマがそう言った。

 すると、一同全員立ち上がり、ミユがウリルを立ち上がらせようとしたが既に夢の国へと入ったウリルを戻せることは出来なかった。


 「隻腕となってしまった以上、トウマ殿に託したいところですが……これ以上トウマ殿に任せっきりなのは申し訳ないですな」


 そう言うや、残った右手を前に出した。

 トウマは自身が握る『草薙剣』を彼に渡した。


 「あとはこの老いぼれにお任せあれ」


 なるほどとトウマは呟くとウリルの方へと寄った。

 ミユは未だに肩を揺すったりしていたが、やはりウリルは起きない。


 「俺が背負うのでお任せあれ」


 ジュラルの口調を混ぜ、にっと少しカッコつけたがプッとミユは吹き出した。


 トウマは腰を下ろし背を広げた。

 ミユはうりるの体を器用に扱い、トウマの背中へと乗せた。


 「よいっしょ」


 そんな掛け声を出したが、ウリルはまだ八歳くらいの子供だ。

 羽毛のように軽い身体なため、疲れることはないだろう。


 「ん?」


 歩きだそうとした時、トウマは自身の袖が引っ張っられている事に気がついた。


 そこにはふふんと笑いながら小さな手で袖を掴む猫耳の少女ことミユがいた。


 「行こ行こー」


 そうして一行は王都ケルガルムを離れた。

 行く宛ては――無い。

 親族が外にいることもあろうが、長期に渡って匿い養うほどの財力は持ち合わせていないだろう。


 つまりは、野宿をするしかないのである。

 彼らは延々と続く夜の平原を歩いた。

 今宵は紅魔の月(ブラッドムーン)、そうは問屋が卸さないだろう。


 黒獣の化け物どもが無数に襲いかかって来るが、ジュラルは全てを一刀両断にしたため、危険は無かった。


 「強い人が強い武器を持つのは反則、だよな」


 ジュラルの後ろで一部始終を見ていたトウマが思わず呟いた。

 ジュラルの肉体には長年培ってきた叡智と技がある。そこへ、バフをかけるように『草薙剣』が乗りかかれば、強さに拍車がかかることは間違いない。


 「……俺もいつか、歳とったらああなるんかな」


 「トーマがおじーちゃんになったらミユがお世話するね!」


 「ミユに介護される自分が想像出来ないなー」


 そんなことを呟きながら彼らは歩いて行った。

 

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