第三十一話 「道の先は光か闇か」
誰も一言も話すことは無かった。
とても話せる雰囲気ではなかった。
五人全員が己の不甲斐なさに打ちのめされていた、というわけではない。
人の屍の上に誰かの命が守られていることを目の当たりにしたトウマ。
王国随一の兵士として敵を止められなかった自分を恨むワンジュ。
腕の怪我さえなかったら攻撃に加われたと嘆くジュラル。
圧倒されるばかりで、足でまといになると感じていたミユとウリル。
グラン帝国最高の剣士「ハンニバル・レウス」は恐らく全員で打ちかかっても勝てない相手だった。
数が増えれば勝てる、というのは間違いで誰かが足を引っ張れば芋づる式に一人、また一人と削られていく。そうすれば結局勝つのはハンニバルだ。
「――皆顔を上げよ、出口が見えたぞ」
鬱々とした雰囲気の中でワンジュが口を開いた。
彼が指さす方向には暗闇の中で光る、白色の光が見えた。
「どこに繋がっているか誰か知っているか?」
走りながら問うワンジュ。
その問いに誰も答えなかった。
決して無視した訳でも、まだ自分の弱さを憂いていた訳ではない。
本当に知らなかったのだ。
「分からない。唯一知っているのは――」
「分かった。もうそれ以上は良い」
何かを悟ったワンジュ。
再びの沈黙。
暗闇の通路に光る白の光が近づく度に安心感が増した。
光に近づけば近づくほど、ガヤガヤと騒がしい声が全員の耳に入った。
まさか、この先でも戦いが繰り広げられているのか?
そんな考えが全員の頭を過ぎた。
そして、いよいよ光の元へとたどり着いた。
長くも短くもない階段をワンジュを先頭にゆっくりと上り、顔を出す。
「……ここは、門の麓か」
キョロキョロと周囲を観察すれば、ビルのように高い城門が見られる。
ならば、そこから脱出を、と思ったが門は固く閉ざされたままだ。
閂を抜いて、直ぐに脱出を――そう思った直後だった。
「ぎやぁぁ!!」
「やめて、私の子供!」
「ままー!!」
複数の声と悲鳴が混じったものが全員の耳に入る。
パッと振り返って見れば、先程聞こえた騒がしい声の正体が明らかになった。
轟々と上がる火の手、子どもや親を連れていかれる者たち、金品を奪われる者たち、剣や魔法で脅されている者たち。
グラン兵は略奪行為を繰り広げていた。
全員が止めに掛かろうとした時、もう一人の人物は走り出していた。
自然を彷彿とさせる翠の髪が暴れ、橙色の瞳には殺意が籠っていた。
眉を吊り上げ、剣でグラン兵を蹂躙していくワンジュの様子は阿修羅そのもの。
「ぐぉあっ!」
「お前だれがぁっ!」
「何してごがぁっ!」
何も言わずに市民に暴力を振るう輩に無情の刃を振り下ろすワンジュ。
トウマらはその光景に呆気に取られていた。
「ワンジュ様!」
「皇子様だ! 皇子様がいるぞ!」
「助けに来てくださりありがとうございます」
群がっていたグラン兵を討伐した後、ワンジュの周囲には沢山の市民で溢れかえった。
口々に感謝の言葉を述べ、反乱のことについて尋ねる人が多かった。
そういった言葉を身に浴びてワンジュは「当然のことをしたまで」と口ずさみながら対応する。
その中で、彼はふと固く閉ざされている国門が目に入った。
閂によって固く閉められたそれは、容易にはこじ開けることは出来なさそうだ。
「門は誰が閉めろと言ったか誰か知っている者はいるか」
ワンジュはそう問うた。
市民達は皆顔を見合わせては、「誰だ」、「私は知らない」と言う。
そんな時、群衆の中で、手を挙げて名乗る人物が一人。
「私は、知っています」
目をやれば、薄手の衣を纏い、髪も髭も真っ白な老人。
杖を付き、一歩前に出ると言った。
「ソンヨ様が、どんな事があっても絶対に開けるなと。
外には敵が待機して、門が開くのを待っているため、開ければ皆殺しだと」
「何? 外に敵など一人もいないのだが……」
ワンジュは先程まで、王宮の近くに迫るグラン兵を相手にしていたが、それよりも前は城壁の外に立ち、戦っていた。
その中で、国門が強固なため開くことはないと判断したグラン兵が別の方向に群がっていたのを自身の目で見たのだ。
分散していた戦力が集まった事で穴が空き、そこに流れ込んで行った。
そのため、門に兵士がいることは無いはず。
矛盾している。何かがおかしい。
ワンジュの頭の中で引っかかる部分があった。
「ご老人、ソンヨがどこに行ったか分かりますか?」
「いえ、そこまでは」
ソンヨの居場所が引っかかる。
彼だけ見かけていない。
野心のある男だ。
もしかすると、もしかするかもしれない。
「ワンジュ様」
その場で考え込んでいたワンジュの元に一人の人物がやってきた。
太陽のように明るい黄色のセンター分け、ブラウンの瞳は真っ直ぐワンジュを見据えている。
裾長の紺のローブを身にまとい、胸には剣を交差させた紋章が刻まれている。
「どうしたユジン」
彼はワンジュの一番の家来、ユジン・カリウス。
忠誠心が厚く、常に彼の傍に控える側近のような人物である。
「耳に入れたいことが」
そう言うとワンジュに耳打ちをする。
聞き終えた彼の目の色が変わった。
目を血走らせ、火山の噴火のような怒りを身に宿らせた。
「どこまでも腐りきっている……これ程の愚行を実行するとはっ!」
彼が聞いたことが一体何なのか分からないが、言葉や状況から察するにソンヨのことに関してなのだろう。
「門を閉めたのはそのためか……トウマ」
トウマの方向を振り返り、口を開いた。
「私は、兄のソンヨを討ち取り、この争乱を鎮める」
「えっ……何を」
ソンヨがこの出来事の主犯であることはトウマが一番最初に知った。
だが、それを伝えたのはヘルメスだけだ。
ワンジュがどのようにして、その結果に至ったのかは彼の側近、ユジンが情報を手に入れたのだろう。
「お前たちは先に門を開けてこの国を離れろ、私はここに残りあの男をこの手で殺める」
「えっ、いや、どうやって」
「ユジン、私と来てくれるか」
「もちろんです、どこまでもお供します」
それ以上は何も言わず、ワンジュは振り返ることなく群衆の中を走って行った。
残された四人は急な展開に脳の処理が追いつかず、呆然と立ち尽くしていた。
結局残ったのは初めの四人。
運が悪ければワンジュも帰ってくることは無いかもしれない。
「……閂を、いや、門を破壊しましょう」
トウマは門の前へと移動すると手に持っていた『草薙剣』を振り上げた。
剣を振り下ろすと轟音と衝撃音で鼓膜が破れそうになる。
だが、それに耐え抜き、砂埃が晴れると大きく穴の空いた門があった。
穴の先には敵兵など一人もおらず、延々と平原が広がっていた。
「トウマ殿……ワンジュ様は、一体」
「後で説明します。今は安全を優先しましょう」
トウマの表情は暗かった。
またしても人を置いて自分たちが助かるような展開になった。
軽いため息をつきながら、後ろを振り返り、民衆に向けて言う。
「門は開いた、敵兵もいない、出たいやつらは今のうちに出るんだ!」
そう言ってトウマたちは門の下を潜った。
空を仰げば、紅の月が大地を照らし続けていた。




