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第三十話 「陥落」

 

 トウマたちが脱出路にたどり着く少し前のこと――


 そもそも国が滅ぶとは、その国のトップが死ぬか、国という物自体がこの世から消え失せるというどちらかを指す。


 禍根を残さないようにするためには、王や皇帝を殺し、国を滅ぼす。そして、王族らを全員抹殺することが必要となってくるだろう。


 「ぬぅ……」


 貫禄のある顔で白髪を蓄えた男が唸る。

 彼の名前はガンレル。

 シュラーゲル王国の皇帝である。

 そして、これから亡国となるこの国の最後の皇帝。

 自ら王宮外の戦地に飛び込み、味方の士気を上げるという考えである。


 黒煙が立ち上り、地に転がるのは敵味方の鮮血と死体。

 地面に落ち、刺さっている武器たちには肉やら血やらがこびりついつき、嫌な臭いを発している。


 ガンレルの前には多くの兵士が束となり、彼を守っている。

 剣や魔法を駆使して迫るグラン兵を迎撃する。

 自ら攻めるのではない。迎え撃つのだ。


 「ぐわぁっ!」

 「ギャアア!」

 「ぐぉ!!」


 だが、個人での武力はグラン兵が圧倒的だ。

 軍事国家とも言える帝国が育成した兵士らは、剣術や魔法どちらにおいてもシュラーゲルの兵士を凌ぐ。


 「ぐぬぬ……!!」


 続々と切り伏せられていく自国の人間を見てガンレルは怒りが込み上げてきた。

 ならば、自分が戦えと言う人間がいるのだろうが、極楽とも言える環境で育ったガンレルにはそれが出来ない。


 「ははっ! こんなものか! この国の兵卒どもは」

 「口ほどにもない! 俺らの子供にすら負けるな」

 「これが皇帝の盾とは情けない」


 数々の罵声を浴びせられながらも、シュラーゲル兵はその罵声を怒りに変え奮戦する。

 しかし、既にある経験の差を感情の起伏で埋めることは不可能だ。


 「ぐぉああ!」

 「クソ……がぁ!」

 「息子よ……」


 ここには特別強い将はいない。

 いるのはただの雑兵ばかりである。

 そのことも含めてガンレルは怒りが収まらなかった。


 しかし、火に油を注ぐとはよく言ったもので、この場面でもそれは例外ではなかった。


 「おい……貴様、それがどのような意味か分かっているのだろうな」


 眼前に広がる惨劇の中、悠々と現れた一人の人物にそう言った。


 剣を携え、馬に跨る黒髪の青年。

 兄弟らと同じ氷のようなシアンの瞳、くっきりとした二重、筋の通った鼻。

 黒塗りの具足を全身に身につけた「ソンヨ」がグ(・)ラ(・)ン(・)兵(・)の中に紛れていた。


 「やはり、ヘルメスの言った通りかっ!」


 「親父、俺はあんたのことが気に食わなかった。長兄の俺を差し置いて、弟を跡継ぎに据えようとは、愚の骨頂。皇族の面子を潰すなよな。


 ジジイになってまともな判断もできなくなったのか?」


 自身の親をジジイと嘲り笑うと、周囲からも嘲笑が聞こえてくる。


 ガンレルは元より怒りっぽい性格で、喧嘩を売られれば必ず買う男だった。

 今回は自身の息子にそう言われた。

 親としてこれ以上の親不孝者はいないだろう。


 「そういうところだ! お前を後継者にしなかった一番の理由はそこだ。


 何かとお前は皇族という身分に絡め、人を見下す。それでどうして民衆の心を掴めるのだ!」


 堪えきれなくなったガンレルは怒号を上げた。

 それを聞いてもなお、ソンヨの顔色は変化しない。 いや、変化はしている。

 だが、良い方向ではなく、悪い方向に変わっている。


 呆れたようにため息を一つ。

 そして、口を開いた。


 「民衆、民衆って、そういうあんたは一度でも国民の声を聞いたことがあるのか?

 

 自由奔放で各地を転々としている愚妹のミユ

 兵士として国に命を捧げる愚弟のワンジュ

 王宮内で一、二を争うほどの人気の扱いを受ける愚弟のウリル

 薬師として国にはいないものの、命を救っている愚姉のシャウラ


 そして、皇族の権威を守ることを正義とし、反乱を起こしている俺


 お前の子供の方がよっぽど貢献していると思うのだが、そこの所どうなんだよ」


 ガンレルは言葉に詰まった。

 なぜなら、ソンヨの言葉は全て的を得ていたからだ。


 確かにガンレルはこれまで、民衆の声を政治に反映させたことはあまり無い。

 だが、皇帝としてやるべき事をやってきたはずなのだ。


 「それに言い返せないから、こうなっている。

 歴代の皇帝に合わせる顔がないだろ?」

 

 「青二才がブツブツとほざきおって、貴様には家族愛というものが無いのか!」


 「いちいち叫ぶなよな。耳が痛てぇよ。

 家族愛? そんなものがあるからお前は皇帝としての品質を落とし続けた。


 時には家族を切り捨てる覚悟を見せる必要があるのだが、お前にはそれが無い。

 いや、違うな。


 お前の目に映っている俺たちはどうでも良い存在なんだろ?

 自分の権威や威厳の方が大事だろ、あんたは」


 ソンヨは淡々と迷いなく語った。

 その言葉を黙って聞いていたガンレルは心の奥底から怒りが込み上げてくるのを感じた。


 皇帝だから、ではない。

 一人の、息子の親として叱る必要があると思ったからだ。


 「貴様、いい加減に――」


 ソンヨは遮るようにため息を一つ。

 そして、近場にいた兵士が持っていた剣をポンっとガンレル目掛けて投げた。

 

 ガチャン、という音とともにガンレルの足元に剣が落ちた。


 「なんのつもりだ」


 「結局意味が無いんだよ。話し合っても埒が明かない。


 話し合いで解決出来ないなら力で解決する。世の常だろう?」


 それでもガンレルは躊躇った。

 子と剣を交えるなど、親であるガンレルにとっては苦痛以上の何ものでもなかった。


 剣を拾う素振りすら見せないガンレルのソンヨはまたしてもため息を一つ。


 「まだ演技するつもりか?

 父だの子だのどうでも良いだろうが。俺は今、お前を殺そうとしている刺客だぞ。お前は黙って死ぬのを待っているつもりか?」


 ソンヨは剣を抜いた。

 海洋のごとき蒼の瞳は殺意で満たされている。

 ゆっくりと足を出すと、右、左と足を動かしガンレルと距離を詰める。


 「貴様っ…………本当に」


 「早くしろ、最後の警告だ。剣を拾え、さもなくば三日三晩拷問する」


 ソンヨは本気だ。

 迷いもない。

 今から親殺しをする人間の目をしている。


 渋々剣を拾い上げるガンレル。

 ソンヨと同じように剣を抜くと正眼に構える。


 ソンヨは指をクイッと動かし「早く来い」と言わんばかりに煽っている。


 その様を見たガンレルの怒りが噴火した。

 先程まで渋っていたガンレルが、剣を手に地を蹴った。


 「おおおおっ!」


 掛け声を出しながらソンヨ目掛けてスタートした。

 だが、ソンヨは小さく舌打ちをした。

 

 ―ガンレルが大きく剣を振りかぶる―

 

 白の顎髭を揺らし、剣を落とすガンレル。

 だが無情にもその切っ先がソンヨの血を吸うことは無かった。


 ソンヨの腕がブレた直後、もうガンレルの腕は後方に飛んでいた。


 「ぬぉぉぉああああっ!!」


 「――弱い、遅い、醜い。これが俺の父とは反吐が出る。

 皇帝とは強くあるべきだ。それは政治の手腕だけではない。こうした武と立ち向かう力も必要不可欠。


 お前には、その素質がない」


 唸り声を上げ、脂汗をかきながら悶えるガンレルを見下ろすソンヨ。


 「俺が本物の皇帝を見せてやる。お前は指でも咥えて何も出来ない自分を恨んどけ」


 そう言うや、ガンレルの首に剣を通した。

 バタリと倒れおぞましい量の鮮血が流れる。

 

 ソンヨは何も言わずにその場を立ち去った。

 

 シュラーゲル王国皇帝、ガンレル

 ソンヨの反乱により死亡

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