第三十三話 「兄弟喧嘩」
皇帝は死んだ。
王宮も、原型を留めぬほどに朽ち始めている。
華やかな装いは炎で焦げ、内も外も亀裂がそこら中に走っている。
崩壊が一時的に止まったとはいえ、再び始まるのはそう遠くないことだ。
王宮に上る高台の階段。
そこすらもあちこちが欠け、金属の門は既に破壊されている。
その階段を駆け上がる人物が二人。
玉のように美しい橙色の瞳を血走らせ、真紅のマントを靡かせているワンジュ。
その後をしっかりと追う紺のローブを纏った黄色髪の青年、ユジン。
「本当に宜しいのですか?」
「良い、とにかく派手にやってくれ」
階段を上り終わり、庭園へとたどり着いた二人。
普段なら多種多様な花弁が咲き乱れているが今はその面影すら残らないほど焦土と化している。
「いつやるかは任せる」
そう言い残し、ワンジュはなんと王宮内へと走って行った。
一人残されたユジンは天を仰ぐ。
長きに渡り、自分が過ごした古巣に何をするのか。それは――
「ド派手に爆発させますよ」
王宮を、全て壊しても良いからとにかく爆発させろという命令を受けたのだ。
もちろん、普通の爆発を行使するのであれば大量のエーテルを必要とするが、ユジンはそれを可能とする『祝福』を受けている。
「兄弟殺しをすることになるとは……」
彼は長いことワンジュに仕えていたため、彼とソンヨがどのように接しているかを理解していた。
彼らは普段から仲が悪い。
犬猿の仲、という訳では無い。
ワンジュはむしろ寄りそう側である。
だが、ソンヨはそれを受け付けないようにツンっと弾き返している。
それはワンジュだけではない。
他の兄弟、ウリルやミユ、シャウラも同様である。
ソンヨがワンジュを、いや、血縁を酷く嫌っているのだ。
「気色悪い。血の繋がりというものがあるだけで、馴れ馴れしくされるというのが気持ち悪くて仕方がない」
ソンヨがワンジュに放った言葉だった。
ソンヨにとって家族とは無くても困らないものだということらしい。
昔からソンヨがそのような感じだったのかと問われればそうでは無い。
むしろ昔は、その家族というものに特別な情を抱いていた。
常に弟や妹と共におり、産まれたばかりのミユの世話をしていたのはソンヨである。
ワンジュが変わりたいと言っても譲らず、頑なに血を分けた存在の妹や弟の世話をしたがった。
それは依存と言い換えても良いほどに。
勉学や剣術の稽古よりもソンヨはワンジュやミユ、シャウラ、ウリルとともにいたがった。
しかし、いつからか成長するにつれてその感情はピタリと無くなりツンっとした性格へと変貌した。
いわゆる思春期、というものだろうか。
だとしたら、それが改善することは難しいだろう。
そんなことを思いながらユジンは手を振り上げる。みるみると火炎の球が形を成し、やがては太陽のような明るさを放った。
夜も深くなり、紅の月が輝く夜空にもうひとつ、赤い光が飛んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ガチャガチャを鎧の音を響かせ廊下をただ一人で駆けるソンヨ。
何かを探し求めているかのように目を様々な方向に走らせる。
その中で、すさまじい轟音が耳を貫いた。
「想定よりも早いな」
ワンジュは突如として足を止め、影に溶けた。
気配を極限まで断ち切り、在らぬ存在としてそこに立ち尽くした。
「なんだ今のは!」
「あっちだ! あっちから聞こえたぞ!」
すると、グラン兵と思しき人間が数名音のなる方へと向かった。
これがユジンを外へと置いた目的である。
王宮内に溜まる兵士を別の場所へと誘導し、敵を誘い出し、自分はソンヨを捜す。
ソンヨはどこにいる。
それを思い続けながら石畳の上を走る。
道中、落石により通れない箇所もあった。
普段慣れ親しんだ場所故に、道を間違えることはないだろう。
そう思っていたが、崩壊し、目印となっていたものが無くなると簡単に迷う。
右も左も分からなくなった時、
「これもまた、因果なり」
耳元でそう聞こえた。
聞き馴染みは無いが、気取られるような感覚に襲われる。
「――っ!」
本能的に、反射で、柄を握り、振り向きざまに白刃の横なぎ。
だが、その刃は虚空を捉えた。
「反射速度は悪くない。しかし、声を出さねば死んでいたな」
身体のあちこちに力が入り、自然と強ばる。
ワンジュの目の前にいるのは影と同じ色のために髪は見えないが、宵闇の中で怪しく光る青の瞳。
グラン帝国最強の剣士、ハンニバル――
「死にに来たのか、それとも降伏を伝えにきたのか」
冷徹な瞳で真っ直ぐワンジュを見据え、そう言った。
「どちらでもない。兄を、ソンヨを捜しにきただけだ。お前に用はない」
ワンジュは剣に力を入れたままそう言った。
この男を前に油断は死を意味する。ほんの一瞬たりとも気を抜いてはならない。
もし、会話にのめり込み、隙を見せたのなら――屍になる。
「私と共にいれば、捜し人に容易に会うことが出来る」
「――何?」
ハンニバルはそう言った。
刃物のように鋭い眼光をハンニバルへ浴びせるワンジュ。
信用などするわけが無い。
そんな要素がどこにある。
自分にとって都合のいい言葉を吐き、油断するのを待つに決まっている。
―ハンニバルが瞳を閉じる―
「――ッ!」
やはりそうか。
ワンジュは胸の中でそう呟いた。
柄に力を込め、一歩後ろへと下がる。
来る、来るぞ。
間髪入れずに、一呼吸の合間にあの男は距離を潰し、太刀を走らせる。
目を極限まで見開き、ハンニバルを隅々まで凝視するワンジュ。
そして遂に、地を蹴り死の刃を振るう――ことは無く、相も変わらずその場に立ち尽くしていた。
「なんだ、何をしている」
思わずそう言った。
だが、ハンニバルがその問いに答えることは無かった。
――しばらくの沈黙。
その後に、ゆっくりと波のない海のような瞳が開いた。
「お待ちかね、捜し人の登場だ」
まさか、そう思ってハンニバルの背後へと視線を送れば、誰かが歩いて来ている。
一歩、また一歩と足を進める度にその人物の容姿が明らかになる。
ワンジュと等しい水晶のように透き通る水色の瞳はハンニバルと同様に絶対零度の眼光を放っている。
漆黒の鎧には返り血が勲章のように刻まれている。
「俺を見つけてどうする。まさか、殺すのか?」
嘲笑うかのような台詞。
ワンジュは頭が沸騰するような感覚に襲われた。
刹那、ワンジュはソンヨ目掛けて空気が爆ぜたかのような踏み込みを見せた。
―無から現れたかのような刺突がソンヨに襲いかかる―
殺った。
そう思った直後、カァンと金属音が響いた。
ワンジュの突きを下から跳ね返した刃、それはハンニバルのもの。
「貴様っ!」
今になって動いたハンニバル。
そして、ソンヨの前に立った。
正しく、『盾』のように。
「俺を殺したいなら、帝国最強の剣士を殺してみろ。お前は王国最強の皇子だろう?」
またしてもワンジュの中で怒りが込み上げてきた。
だが、どうする。
このまま先程と同じように突っ込んでも返り討ちに合う。
ハンニバルがここにいるということはヘルメスは……いや、やめよう。
「話し合いなら剣を置こう。殺し合いではないからな」
話し合い、したところでなんの解決も出来ないのはワンジュが一番分かっている。
だが、話し合いの中でソンヨの考えや目的を探ることが出来る。
それは悪くない、だが、ここで殺せないことになる。
一度抜いた刃、それだったら最後まで目的の血を啜るまで鞘に収めるべきではないのでは――
「好きな方を選べ。俺はどちらでも構わんがな」
強者の余裕、とでも言うのだろうか。
自分の命に変えてでも主犯を討つ、もしくは生き残って戦力を固めてこの男を殺すか。
ワンジュの中を二つの答えが巡り、中々決断出来なかった。
どちらにせよ、やることは変わらない。
いずれ自分が、この男を殺し、死んでいった人間の恨みを晴らす……っ!




