第四話 「代償」
「……ここは、どこだ?」
目が覚めると宵闇の中に囚われていた。俺は昨晩自室のベッドで寝たはずなのだが、図書館で寝てしまったのだろうか。
「……ここで二日間か、退屈かも」
俺はその場であぐらをかいた。
手帳の記述では二日間意識を失うらしいけど、向こうでの二日なのか、この闇の中での二日なのか。前者なら嬉しいけど、
「ではボクが君の相手をしよう」
そんな声が聞こえた。
キョロキョロと周囲を確認しても誰もいない。天の声、だろうか?
そう思っていると正面から人が現れた。
クリーム色のロングに虹色の瞳と雪のように白い肌、リボンのついた魔女がよく被る黒の帽子に丈の長いローブ。みるからに女性だ。
「初めましてだね、君がボクを呼んだのかな?」
「呼んだ? そんな覚えは---」
その時、昨晩の出来事がフラッシュバックした。図書館での探し物、謎の暗殺者との戦い、そして、
「クリスタル……」
「やっぱり君か、ボクを触るなんて恐れ多いことだよ? 凄いね」
「いや、あれは騙されたというか、なんというか」
すると彼女は「まあまあ」と言いながら対面に座った。
「クリスタルに触れた人間は例外なくその代償を払わないといけないんだ」
「クリスタルって何だよ、俺は探し物してただけなんだけど……」
「それは残念だね、ボクと出会うなんて」
「つか、どちら様? 多分クリスタルの主かなんかだろうけど」
俺がそう言うと待ってましたと言わんばかりに自分の胸を叩いた。そして、声高らかに言う。
「よくぞ聞いてくれた、ボクはクリスタルの化身ゼロだ」
「ゼロ? なんか、弱そうな名前だな」
「残念、ボクはこうみえてめちゃくちゃ強いから」
「あいあい、それでクリスタルって何だ?」
「切り替えが早いな、まぁクリスタルは簡単に言うと、エネルギーの塊だよ。と、言ってもそのエネルギーの量はこの世界の全ての力を結集させても足りないくらい多いけどね」
「そんなものがあの王宮にあったのかよ」
まあでも禁書庫という一応立ち入りは禁止されていたけどね、俺がそれを無視して入った訳だし。どっちかというと向こうが被害者に近いか……。
「それで、俺はなんの代償を払うんだ? 転移だと嬉しいんだけど」
「転移? どうして転移を望むのかな? 普通なら最も嫌がるのだけど」
彼女の顔には少し笑みが零れていた。先程からプルプルと口元が緩んでいる。
俺がどういう存在なのか知っているに違いないな。
「その感じだと分かってるんだろ、俺のこと」
「さぁー? ボクは知らないなー、君の口から言って貰わないと」
「その言い方は確信犯だろ」
そう言うと彼女は笑い出した。全く、俺が見抜けないとでも思っているのだろうか。
「まぁそうだね、ボクが君の体内に住んでいるからね」
「---は? 今なんて」
「うん? ボクが君の中に住んでいる、そう言ったけれど?」
「随分とあっさり言い過ぎだろ! もっと緊張感を出して重苦しい感じだろ普通!」
俺は思わず立ち上がった。一体、いつの間に寄生されたんだ?
「ま、まあ落ち着いてよ、話を進めるからさ」
「それで、代償はお前が俺の中に住むことか?」
「まあそうだね、だから仲良くしようね、よろしく!」
「げぇマジかよ、二重人格になるのか、いやだなそれ。ところで、それってお前にメリットあるの?」
「もちろんあるさ、それは秘密だけどね」
まあそうだろうな。代償の深堀は出来なさそうだ。ていうかなんで代償を払わないといけないんだよ。クリスタルってそんな貴重品だったのか?
少し考え込む俺を見たゼロは言った。
「おや、疑問に思ってるみたいだね。クリスタルの歴史について話そうか?」
「あぁ、頼む。クリスタルについて深く聞きたい、どうして俺が代償なんか払わないといけないのか、そしてお前は誰なのか」
「なるほどね、まず前提としてクリスタルはこの世のエネルギーの集合体だと言ったけれどあれは間違いだよ」
「はぁ?! お前嘘ついたのかよ!」
「落ち着いてよ、短気な男の子はモテないよ」
「それ関係ないだろ」
「ごめんごめん、それで、クリスタルは六方神器だよ、数少ない唯一のね」
「六方神器? なんだそれ初めて聞いたな」
そう言うとゼロは語り出した。その時間がなんとも長いこと。大事なことだけ言うと、昔の神様が作った六つの神器らしい。現代では六つの内、半分の三つしか残ってなくて、中でもクリスタルは最高傑作らしい。
他の神器とは比肩できないほどの自信作とのこと。
「で、つまり六方神器は---」
「だぁーストップストップ!!」
未だに長く話そうとするゼロを止めた。嬉しそうに話しているのは少し心苦しいが本題があるからな。それがなかったら世間話感覚で聞いてやるのだが―――
「で、本題だ、なんでクリスタルに触れたら代償を払わないといけないんだ?」
「全く、ボク相手に失礼だなー人の話は最後まで聞いて欲しいものだよ。代償を払う理由としてはこれもまた秘密!」
「はぁ? いやいや、待てよ、俺その被害に遭ってるんですけど!」
「ボクも話したいんだけど、もし知りたいなら君が自分で探してくれ」
自分でって……なんだよそれ、神器に関する知識を綴った書物でもあるのか? いやいや、待てクリスタルは神器の中でも不明な点が多いらしいぞ。それなのに分かるのか、そんなこと。
「だけど知ったところで得はないよ? 君の代償が消える訳でもないし、力を得るわけでもないし」
「なんだーそれじゃあ良いや、で、あともうひとつ」
「まだボクに聞きたいことがあるんた、欲深いね」
「いやこれは聞かないとダメだろ!」
「アンタが俺の中に居るメリット、それを話してほしい。代償という以上、何か俺に不利益が生じるんじゃないのか?」
「それは確かに大事だね、良いだろう教えてあげるよ。突然だけど、ボクの本当の姿は人間じゃない、小さな粒子なんだ」
小さな……粒子。
その時、俺の中であの時の光景が蘇る。図書館に入って早々に俺に話しかけてきたあの青色の粒子。最初は字も読めるようにしてくれたし、戦いでも力を貸してくれた。
だが最終的には俺を騙したアイツだ……
「ゼロ、お前まさか―――」
「おっと、勘違いしないでくれよ。ボクはあの時の守護霊ではないからね」
「守護霊だと?」
ぜひともそれについても聞きたい、が話題を逸らすとこいつ止まらないからな。とりあえず今は聞きたいことを聞こう。
「まぁ良い、多分あんたは人間とは何か、自分も人間になりたいがために俺の中に居続けるということか?」
「せいかーい! 物分りが早くて助かるよ!」
「なるほどな、これであんたの目的は分かったが、俺のメリットを聞こうか」
正直、ゼロの目的も大事だが俺のメリットの方が気になる。転移だの消えるだの言われたけど、俺はそうではなく寄生される。前例のないパターンだ。
そういえばさっき俺の中に入るメリットは秘密とか言ってたけどあっさりと言ったな。
「おっと、何か勘違いしているようだけど君にメリットはないよ?」
「は……はぁ? メリットが、無い? ちょっと待てよ! なんで―――」
「代償、君はその言葉の意味を知らない訳がないよね?」
代償とは相手の損失に対して相応の対価を差し出すこと。俺が何か損害を与えたか……?
「君はあの時、図らずともボクの力を使ったはずだよ。証拠に君の身体中の傷は癒えたはず」
あの時、俺がクリスタルを高く掲げた時だ。致命傷の傷すらも後遺症なく治癒した。あの時、確かにクリスタルの力を使ったと思っていたが……それじゃあまるで、
「クリスタルに触れたのではなく、クリスタルの力を使った時に代償を払う……」
俺はポツリとそう呟いた。
「お、気がついた? そうだよ、触れるのが条件ではない。力を使うのが代償を払う条件だよ」
思い返して見ればそうだ。俺がクリスタルを天高く上げると自分の中に何かが入ってくるような感覚になって、それで傷が癒えた……え、入って、くる?
ちょっと待てよ、こいつ、まさか!
「お前、もしかして俺がクリスタルの力を使う前に身体に入ってきただろ!」
「えー、ひどい勘違いだな。流石に傷ついちゃうよ、多分君は傷が治る前に何かが入ってくる感覚を覚えた話をしているんだろう?
残念だけど、それはボクじゃないよ。その時はクリスタルの力が君の中に入っただけ。魔法を使うのだって魔力がないと使えない、それと同じだよ。だからあれはボクじゃなくてボクの力」
「え、あ、そうなのか? すまん………いきなり怒鳴ったりして」
「本当だよ、もっとちゃんと謝ってよね。ボクの心は深く傷ついたんだから」
そう言って目を輝かせて俺の謝罪を今か今かと待っている。いや、絶対そんな事ないだろ。傷ついたなんて嘘ついて慰謝料貰おうとする薄汚い不倫野郎と同じだわ。
だが、謝らないとこちらとしても気が済まないしな。
「はいはい、すみませーん」
「もっと心を込めて、ボクに頭を下げるんだ」
「流石にダメだったか……」
俺は日本式の最高級謝罪、「土下座」を披露した。畜生、地面に頭を擦り付けることになるなんて……これからはまず質問してから言うとするか。
土下座をみたゼロは満足したのか偉そうに面を上げよのんて言って殿様気分だ。
「まぁどうしてもボクの力が欲しいなら、ボクの名前を呼ぶと良いよ。力を貸してあげるよ」
「いやだね! もう代償なんてゴメンだ!」
「そっかー残念……」
先程の高揚とは裏腹に今度は無念と言いながら倒れた。喜怒哀楽激しいな。
「てかさ、転移されるって言われたんだけど、転移されたやつって過去にいた?」
ゼロがうつ伏せのまま答える。
「いたよ、ボクがぽーいって別世界に送っちゃった人は何人か」
「俺も別世界に転移してくれない? 事情がわかってるなら良いだろ?」
「ダメだよ、君が望むものを与えたら代償の意味が無いだろう?」
「わー転移やだなぁー、転移したくねぇなー」
「そんなことしても転移させませーん。それにもう決定事項だから変更は無理でーす」
「マジか……そういうところだけは手際良いんだな」
とにかくまぁ、これで聞きたいことも終わったな。じゃあ残りの時間はずっとこいつと二人? 勘弁してくれよ……帰る方法を模索しないといけないし。
いっその事聞いてみるか?
いやいや、待て。こいつは絶対に何か小馬鹿にしてくるに違いない。教えて欲しいなら代償を……なんて言われたら面倒だ。いや、その時は逃げればいいか。
「なぁ、どうやったら俺は元の世界に帰れるんだ?」
「おや? 君はこの世界の住人だろう? 何を言ってるのかな?」
ほら見ろ! そうだと思ったわ! 絶対になんか言われるって、しかもこいつ知ってるくせに知らないフリしてやがる!
「知ってるだろ、俺が転移した人間だって。さっき自分でバレバレな嘘ついてただろ」
「あちゃー、ボクとしたことがばれちゃったのか。そうだねー、それこそボクの力なら可能だけど、人間になりたいって思っちゃったからなー、今のところは無理じゃないかな」
「なるほどな、要するに今のところ全部お前が悪いのか」
「ひどいな、ボクのせいにするなんて」
「いや自分ならできるって言ってたじゃねぇか……とりあえず何かないのか? 俺が帰るために出来ること」
「仕方ないなー、助言としてはとりあえず各地を転々として情報を探ったり、人と関係を築くと良いよ。何か手に入れることができるかもね、優秀なアティード手記もあるみたいだし」
「知ってるのかよ……アティード手記」
アティード手記とは、未来のことが記された手帳のことで無数に存在しているらしい。なんでもイタズラの神様が書き始めたのがアティード手記のはじまりらしい。
「ボクはこうみえて賢いからね」
「見た目はともかく、言動はバカっぽいな」
「もうちょっとレディーに優しくしないとモテないよ?」
「さっきも言ってたな、モテるなんてどうでも良いんだよ。モテるくらいなら帰らせてほしいな」
「ハーレムしたくないのかい? 楽しいらしいけど」
「別にしたくねーよ、平和に暮らせたらそれで十分だ。ハーレムなんかしたら毎日忙しいだろうしな」
「ふっ、そうかい、それじゃあ時間みたいだ」
そう言ってゼロは立ち上がると来た方角に歩き出した。時間、もしかしてもう二日経過したのか?! いやいや、まさか俺からしたら数分の出来事だぞ!
「もう一度言うけど、困った時はボクの名前を呼んでね、一時的だけど最強になれちゃうかもね! いつでも待ってるよー」
「誰が---っ?!」
視界がぐらついてきた。頭もクラクラする。どうやらお呼びのようだ。
代償はあいつが俺の中に住まうこと、人間になりたいとか言ってたな。ろくでもない生き物になってどうするんだか………。
そう思っているとそれはその場に倒れた。ゆっくりと瞼が閉じていく。
意識が消失した――――




