第五話 「避けられない運命」
二日後、俺は目を覚ました。と言っても俺にとっては図書館での出来事は昨晩の事だ。だが手帳によればそれは違うらしい、
「あっ! やっとお目覚めになりましたか!」
隣を見ればメイド服を着た若い女性がいた。すぐさま部屋の外へ走り出した。きっと誰かを呼びに行ったんだろう。
俺はゆっくりと上体を起こす。見慣れた部屋だ。まぁなにせこの世界での俺が見た最後の光景が自分の部屋だったからな。
「……おい、ゼロいるか?」
俺は何となくそう呼んでみた。ゼロはクリスタルの化身、訳あって今は俺の中に住んでいる。
するとどこからともなく彼女の声が聞こえてくる。
「なんだい? ボクの出番?」
「あー、まじでいるんだ。確認のために呼んだだけ」
「えー、ちょっとボクの扱い雑じゃない? 一応女の子なんだけど」
「すまんすまん、次は多分女の子の扱いするから」
「言ったね、ボク忘れないからね。結構、根に持つからね」
するとフッと彼女の気配が消えた。どうやら引っ込んだらしい。
にしても根に持つタイプか、女性のそういうのって怖いってよく聞くから気をつけないとな。
するとドタバタと走る音が聞こえてくる。扉が勢いよく開かれる。
「トーマ無事ー!?」
まず入って来たのは明るい青紫の髪をなびかせながらアクアマリンの瞳に心配の念を宿しながら走ってくるミユ。彼女がポフっと乗りかかる。
その後ろにはジュラルやヘルメスが入って来る。
「やっと起きたか!」
「目を覚ましてくれて良かったよ」
「心配かけたようで、でも元気ですよ。問題ありません」
「おー、どれどれ」
ミユが俺の目をじっと見つめたり、頬をつねったり、ジロジロと体の至る所まで確認する。
少し恥ずかしいが、まあ許容範囲だ。
「おー、確かにだいじょぶだー」
「トウマ、二日前の夜中に何があったか覚えているかい?」
ヘルメスがそう口火を切った。まぁ当然だ。俺にとっては昨晩の出来事だからな。だが、一応クリスタルのことについては秘密にしておこう。禁書庫に入った事も、危険な行為だろうしな。
俺はあの時のことを詳細に語った。特に謎の人物との死闘については苦悶の表情を浮かべて聞いていた。
「と、言うわけです」
「目元だけ空いた黒衣に偃月刀、そして武器変形……ダイシバの特徴と酷似するね」
「その通りですな、だがなぜそのような者がここに……」
「ちょっと待ってくれダイシバって誰のことだ」
「ダイシバは太古の時代から存在する暗殺一族だよ。彼らは相伝の祝福の持ち主で武器変形の祝福を誰もが持っている。
全員が黒衣を身にまとい、高い戦闘力を持つんだ。中でも大刀の扱いに関してはピカイチ。生き残れたのは奇跡に近いよ」
「えぇ……マジか、運が良くてよかった」
「それはそうとトウマ、夜中に図書館で何していたのだ?」
俺は冷や汗をかいた。あぁやばいなこれ……どうやって切り抜けようかな。
俺は思わず下を向いた。ミユの丸い顔が目に入った。彼女はニコニコとしている。
いいな俺もそんな余裕が欲しいよ……。
「えーっとですね、それは―――」
「まあまあジュラル殿、一応トウマには休息が必要なので詳細はまた後ほどの方が」
そう言ってヘルメスは詰めようとするジュラルを宥めた。
ヘルメスー! ガチで助かる! お前ほんとに良い奴過ぎる! そうだそうだヘルメスの言う通りだよ!
「まあ、そうですな」
どうやら納得してくれたみたいだ、バレたら絶対に説教だからな。それも夜中の図書館でコソコソと、これは数時間正座の刑だな。
「ミユさま退室しますよ」
「やだー、ミユはもっとトーマといたーい!」
部屋を出ようとするヘルメスとジュラルとは違い、ミユは俺を抱きしめて離さなかった。
しかも凄い力だ、小さな体格には似合わない力。
「トーマもそうだよね、ミユといたいもんね!」
そう言って閃光の眼差しを俺に向ける。彼女の瞳には「だよね?!」という返事を待っているのか希望の光で満ちている。
「ダメですよトウマを休ませないとまた倒れてしまうかもしれません」
「むぅー、分かった」
珍しく彼女が折れた。普段なら頑なに譲らないのに……明日は大雨かもしれない。
それでも少し納得していないのか頬を膨らませて部屋を出ていった。
部屋に静寂が訪れた……そう思ったが、次に到来するのは、
「いい娘に好かれてるじゃん、このっこのっ!」
クリスタルの化身ことゼロだ。次は俺が呼ぶのてはなく自分自身でのお出ましか。意外と暇なんだなこいつ。
言葉的に膝で小突いたんだろうが、俺にはなにも響いていない。まぁ粒子らしいしな。
「なんだ、嫉妬してるのか?」
「ボクが君に? そんなわけ、嫉妬なんてボクと一番縁が無いものだよ」
「だいたいそういやつは一番縁があるんだよな」
「つか、かまってちゃんなのか?」
「違うよ、話し相手が欲しいかなと思ってわざわざボクが出てきてあげたんだ。思いやりだよ」
はいはい思いやりね。そうか、だったら無下にすることなんて出来ないな。
俺はズボンのポケットを探る。ボコっと盛り上がり四角い形が浮き上がっている。誰もいないことを確認してそれを取り出す。
「へぇ結構大胆だね」
俺が堂々とそれを出したことに言った。
「まぁね、避けたいことがあるなら……見ておくべきだしな」
いつものようにパラパラと捲る。次に起こりうる未来は何か……そう思っていた時だった。
「―――っ!」
突如として手記が閃光を放った。その光の根源はとあるページ。俺は呆気に取られていたがすぐさま該当する箇所を開く。
今までにこんなことは無かった。まるで手帳が生きているかのようだ。
「帰り方が記されたのか?! 手帳も進化するんだ!」
俺は今までない程のワクワクと共に内容を読んだ。だが、上がっていたはずの気分と口角は少しずつ収まり、笑えなくなっていた。
それは俺の肝を潰すものであった。過去類を見ないほどの最悪がそこに記されていた。
「ん? あぁ……?」
俺は震えが止まらなかった。思わず手記を落とした。これを見ていたのは俺だけではない、ゼロも見ている。
「シュラーゲル王国が……亡ぼされる……だと……」
突然の滅亡の予兆。亡ぼされる、読んで字のごとくだろう。いや、まさかだ。そんなことはない……だって、この国にはヘルメスやワンジュがいる、そんは筈は―――
「はは、面白い冗談じゃん……あの時と同じで書き換えが起こるんだろ、上げて下げるパターンだろ?」
手帳に書いていなかった出来事が起こる度に無かった未来が加えられ、あった未来が少し削られる。
どうせ今回も、俺はそんな淡い希望を持ってゼロに話しかける。
「トウマ、アティード手記に書かれていることは九割起こるんだ」
「どう見たって嘘の文末だろ……だって、数日、もっと言えば四日後だってよ……その数日でこの大国が無くなるなんて―――」
「それが出来るのがこの世界だよ、君がいた世界では異常かもしれないけれど、ボクたちの世界は不可能を可能にすることは難しくない」
俺は見落としがあるんじゃないか、対策の様なものをがある、そう思ってじっくりと確かめる。だが何度も目を通そうが見つからなかった。その時の俺はテストで間違いがないか必死に探す時よりも一生懸命だった。
「ない、ないないない!」
「トウマ、もう分かっただろう。その未来が訪れることは確定しているんだ」
ゼロが俺の期待を打ち砕くかのようにそう言い放った。しかし俺はまだ諦めていない、視界には入ってないがいるかのように声を荒らげる。
「ざけんな! お前は言ったはずだ一割の希望があるって! なんでそんな無責任なことを―――」
しかし、ゼロは呆れたかのような声で俺に言う。
「君はアティード手記をよく知らないみたいだね、説明してあげよう」
知らない……? 俺が? つい最近知ったことだぞ、自分で調べたんだ!
だが彼女の口から語られるものは俺が知っているものとは深さが違った。例えるなら俺は一を知り、彼女は一よりも前の0を知っている。
「アティード手記について、重要なことを端的に言うと二つ。
まず今回のように突如として出現する未来は手帳に書かれた以上必ず訪れる。それがいつ綴られるのかは分からない。事象が起こった後か起こる前なのか、それは定まって無い」
俺が知っていたのは歴史だけ。彼女はその性質までも知っていた。
「ま、待てよ……じ、じゃあ王国は……」
俺は絶望の淵に立たされた。そんな中で消えそうな声で尋ねる。
「王国は必ずこの世から無くなる」
この時、俺の退路が無くなった。王国が無くならないようにするために俺に出来ることはないか、事前に打てる手は無いのか。そんな思考は塵と化した。
だが、話はまだ終わらない。二つあるうちの一つに過ぎない。
「次に、書かれていない未来が起こるのは最大で十回、最小で五回必ず起こる。これは絶対に揺るがない、アティード手記の性質と言い換えても良い」
「ぁ……?」
俺はもう声が出なかった。
最低で五回……つまりあと最低でも二回はこれを経験する。
一度目は転移直後に腕を飛ばされたこと。
二度目は昨夜の死闘。
そして、三度目は………王国の滅亡。
「おい……ちょっと待てよ……」
俺はとあることに気がついた、気が付きたくなかったことだ。それはもしかしたら王国の滅亡が確定したことよりもデカイかもしれない――――
「規模が………大きくなってないか? まさか、嘘だよな、なぁゼロ、嘘だと言ってくれよ……」
「――――」
先程までペラペラと語っていたやつは突如として何も話さなくなった。それどころか気配も消え失せている。つまり、あいつは
「帰りやがった………おい! 話はまだ終わってない! 大事だろ!」
そう語りかけてもなお、あいつは戻って来なかった。役目を終えたかのように、伝えることだけを伝えて。
それどころでは無い、期限は四日だ。しかも一度きり、過去に戻れるような能力は俺にはない。失敗したらもう終わり。
どうしたら良い、王国が無くなる……つまり皇帝が殺される、そしたら皇族も―――
その時、俺の頭に一人の少女の顔が浮かんだ。いつも太陽のように明るく輝き、周囲に元気の源を分け与えてくれる獣族の女の子。
その娘が剣で刻まれ血溜まりに沈む様子が自然と浮かんだ。
「ダメだ……ダメだダメだ!!」
王国に立ち入る軍が住人を蹂躙し皇族を無惨に殺していく姿が―――
自身の兄妹を、冷徹な視線で容赦なく血を分けた者を殺していくソンヨの姿が目に浮かぶ……。
「ソンヨ……? なんでソンヨ? まさかアイツが?! いや、それよりもミユは……いや誰が、誰が死ぬんだ?!」
俺は手帳を拾い上げ、もう一度確認する。しかし、そんなものが書いてある訳がなかった。俺が誰を殺したのかは記されているのにも関わらず……
「全ては君次第だよ、唯一国の行く末を知っている君が誰を助けて、誰を切り捨てるか……全ては君の双肩にかかっている」
ゼロの声、だがまたしても彼女は言いたいことだけを言って消え去った。
「つまり……俺が誰を見殺しにするのか選べってことか? ふ、ふざけんなよ……俺はそもそも異世界人だ、そんな奴がとうして」
俺の選択で人が死ぬ。救いたい者があるなら誰かを切り捨てる。一人のために大勢を捨てることになるかもしれない。
「は、ははは……だから帰りたかったんだよ、こうなることが恐くて、自分のせいで誰か死ぬことは絶対に嫌だから……」
俺はどうして良いのか分からなかった。ありのまま訪れる未来を受け入れる、そんなことは絶対にない。俺の手で、両手で救える人間は絶対に救いたい……でも案が無い。
自信を持てる案が―――
「いっそのこと打ち明けるか? 俺が異世界人で王国が亡ぶって……」
すると、待てしも彼女が横槍を入れてくる。
「やめておいた方が良いよ。たとえ彼らが見逃しても誰かの耳に止まり、君は殺されるよ『異世界転生者排除法』でね」
「……じゃあもう良い、狂人だと思われても」
俺はフラリと立ち上がると不安定な足取りで部屋を出た。普通なら症状が悪化したと思われるんだろうが、真実を知るやつは誰もいない。
「……逃げないと、早く、ここから」
助けたい人を救うために俺は王宮を出て、国を離れれば良いと思いついた。やり方は知らない。理由を聞かれても無理やり押し通す。
俺は千鳥足で誰もいない廊下を歩いた。




