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第三話 「クリスタル」

 禁書庫、それは読んで字のごとく禁じられし書が集められている場所のこと。中には世界規模で異変を起こすことが出来る秘術が記され、読めば強力な力を手に入れることが出来る、というのがほとんどの認識だろう。


 しかし、ここでの禁書庫とはそういう類ではない。では、どういうものなのか。この宮殿の禁書庫に並べられているのは普通の本である。本のタイトルが危険そうに見えるだけであり中身は平易なもの。最も禁忌として扱われているのは部屋のどこかに隠されている「クリスタル」のことである。


 中にある本はそれを隠すためのブラフに過ぎない。だが、中に入ることが出来るのはほんのひと握りの者だけ。そのため、本当ならば心配はないと安心すべきだが念には念を入れ本を撒き散らしてあるのだ。


 「はぁ……はぁ……!」


 俺は今、その中のどこかに眠る「クリスタル」を求めて禁書庫に立ち入る。クリスタルを使って何が出来るのかは知らない。しかし、手帳にはこう書かれていた、


 禁書庫のクリスタルを手にすれば安全を確保できる


 それをどう使えば良いのかなんて知らない。だが手にすれば俺の勝ちなんだ。

 息遣いが徐々に荒くなっていく。俺は今どこにいるのかなんて知らない。帰る道を完全に見失った。だが、それで良い。狙ってきた敵は俺が外に出ることを優先していると考えているはず。そのため扉付近で待ち構えているのだろうが、残念だな。


 「ここです」


 精霊のような者に導かれ俺はついにたどり着いた。だが眼前に広がるのは普通の壁。ドアノブもないし、扉の枠組みもない。だが、禁書庫の場所を知る者がここだと言うのだから間違いないだろう。


 「押してください」


 そう言われて俺は汗を握りながら手を伸ばす。壁は冷たかった。いや、俺が熱を持っているだけか。手のひらに力を入れて押す。

 すると「壁」は回転扉と化した。


 「忍者でもいたのかよ……」


 室内からは淡い赤色の光が見えた。俺はすぐに中へと入り、回転扉を元に戻した。

 室内には図書館に劣らないほどの量の本が店舗に陳列される商品のように並んでいた。


 「さて、クリスタルとやらは---」


 「お待ちください」


 俺が早速探索を開始しようとした時、蒼白の光を小さく放つ粒子が俺の前を遮った。


 「クリスタルを手にしたら必ず禁書庫に戻してください。どこでも良いので、なんなら投げてもらっても構いません。禁書庫の中に戻す、ということだけを覚えておいてください」


 「この部屋に戻す……なるほど、それだけ守ればいいんだな」


 「はい、絶対ですからね。守ってくださいよ」


 「あいあい」


 どうやら絶対の約束があるらしい。クリスタル、名前からして水晶みたいな感じだろうな。加えて反射で光るから、俺が手に持っている蝋燭を灯し続ければその存在は一発で分かる。


 俺は蝋燭を片手に室内を歩く。反射で分かるが、隅々まで探索をしなければならない。

 壁を伝い、必死に探す。「あいつ」は今、扉の前で仁王立ちしていると、俺は読んでいるが本当はどうかなんて俺にも分からない。心理戦は大の苦手だ。だから、いつここがバレるのか分からないし、なんなら入るところを見られたかもしれない。


 「クリスタルは普通なら見つけられません、探すのには相当な時間がかかります。最悪の場合、見つからないかもしれません」


 「まじか……畜生、クリスタルを最後に持ち出したのが誰か分かる?」

 

 「分かりません。私が生まれて以降、一度もないかと」


 「マジかーでもそれは仕方ないか。とりあえず見つければ済む話、あいつが外に出たら沢山の犠牲者が出る気がする」


 「補足ですがクリスタルを触るなら、十分以上握り続けてはいけません」


 「え? どうして?」


 「クリスタルはこの世のエネルギーの集合体だと思ってください。その力があなたの体内に一挙に入ってくると言ったらあなたの体はどうなると思いますか?」


 「なるほどね、耐えきれずに死ぬっつーことね。いや待てよ、だとしたら俺がクリスタルをここから持ち出さない方が良くないか? それだったらこの中におびき寄せての戦闘の方が……」


 本気の殺し合いで勝てる見込みはゼロ。だが、クリスタルを手にしたらその立場は逆転する。使い方は知らないが手にしただけで勝利が確定するなんてぶっ飛んでるなー。


 俺は数分間、縦横無尽に駆け回ったが全く見つけられない。ワンチャン見つけられるんじゃ、なんて心の奥底で思っていた自分を殴ってやりたい。


 「ぐっ……」


 俺は視界が一瞬揺れた。瞬時に近くの棚へ手を伸ばし支えとした。

 傷口を抑える手を見れば血でいっぱいだ。それだけではない。全身の至る所から血が吹き出ている。これは……時間がないな。


 「前言撤回だ、ここから出て決着をつけないと、俺は失血死する……」


 俺は携帯していたハンカチを取り出し傷口を圧迫するようにそれを巻き付けた。もっと早くこうしていれば良かったな……。いや、こんなことを出来るほと余裕が無かったと言うべきか。


 そこからは急いだ。過ぎていく時間が一秒でも惜しいように感じられた。俺の体内時計の秒針が動く度に汗が吹き出て、焦りが増す。

 飢えた獣が獲物を探している時のように、俺の眼は血走っていただろう。探し回ること数分、トータルで十分くらいたろうか、俺は一筋の光を見つけた。


 「---まさか!」


 初めは純白の光だったのが、近づけは近づくほど赤みを帯びていった。それを目の当たりにした俺の口角が上がる。


 「あった……あったぞ」


 熾烈のように明るい輝きを放つ水晶。否、「クリスタル」があった。本の間に雑に置かれ、隠されることも無くクリスタルは放置されていた。


 俺はそれをギュッと握り、見つめた。握った感じとしてはただの宝石だ。どんな見た目をしているのか気になったが、六角形を縦長にして、やや細くした形状だ。

 特にパワーが滾る感じは無い。今のところは変化が無いが制限時間があるらしいからな。


 「いくぞ!」


 俺は先程までの焦りや不安は無くなり、何故か高揚していた。決して何かが満たされた訳では無い。何かに覚醒したわけでもない。恐らくこれは負けイベントだと思われたものを確定勝利へ変換させたからだろう。


 バタン!


 回転扉を迷うことなく、勢いをつけて俺は開けた。あまりの勢いに一回転して自分にぶつかった。背中と後頭部にヒリヒリとした痛みを感じるがどうでも良い。


 俺は迷わず地を蹴った。さっきは良くもやってくれたな。暗闇の中で死神に追われる恐怖を、今度はあいつが味わう番だ。暗闇の世界を自分の足で踏む度にクリスタルの光が強くなっている気がした。


 「出てこぉぉおい!」


 腹の底から声を出した。グラッとまたしても視界が揺れる。足元がふらつき、安定さを失う。すると俺はボヤけている視界の中で銀色の何かがブレるのを見た。それは徐々に大きくなり、こちらへと迫っている。しかもその大きさはナイフの比ではない!


 あの大刀!!


 そう思った時には遅かった。すぐさま左へ回避!

 だが、その刃は俺に食らいついたのだ!!!


 「ぐぉああああ!!」


 あまりにも速すぎて俺の左腕は肩から消え失せていた。それと同時に手に持っていたクリスタルが地へと落ちる。灼熱の痛みに狼狽えながらも俺は蝋燭を捨て、強ばる腕でクリスタルを拾い上げる。


 足音を響かせながらあいつは姿を出した。かの瞳は美しい河の碧を宿しているが殺意が込められている。脂汗が止まらない……。生ぬるい血液もボタ、ボタと音を立てながら垂れる。


 「はぁ……っぐ……クリス、タル……力貸せよ!」


 「----!」


 俺が高らかに掲げると奴さんは初めて目の色を変えた。冷静さが失せ、険しい表情になったのが目元だけでも分かる。

 氷の中に淡い赤色を閉じ込めたような色のクリスタル。その輝きは先程よりも強く、逞しいものだった。


 クリスタルの光が倍に膨れ上がる。光のない世界に明かりを灯したかのように、鋭い閃光が図書館に広がった。


 「---!!」


 すると、やつは足を半歩後ろに避けた。俺は笑みが零れた。これが俺の打てる唯一の作戦!

 クリスタルが放つ光が書庫を包むと光の柱を俺の真上に立てた。それと同時に俺の中に何かが入ってくる感覚を覚えた。


 「っぐぉぉぉおああ?!!」


 何故だ、何故?! 

 まだ時間には程遠いはずだ! まさか、騙したのか! そういえばあの粒子は俺と禁書庫を出ていない俺はクリスタルに夢中で気がついてなかった。


 「ぁぁぁぁぁぁあああ!!!」


 未知の液体に体の隅々まで蝕まれるような感覚。血液の全てが別の液体に替えられているのか?!


 「っぐ……?!」


 瞬間、自然を彷彿とさせる緑の光が傷ついた箇所に現れ始めた。たった今負った致命傷の傷が徐々に癒えていく。失った左腕が生えていく。それだけでは無い、各所の切り傷が無くなっていた。


 「これは……」


 「---愚かにもクリスタルに手を伸ばすとは」


 「---っ?!」

 

 突然話し出した。今まで殺意を込めて来ていた相手は話すことが出来ない、そう思っていたのだがやつは語り出した。


 「お前の身体は膨大な力をもつクリスタルの前に屈することになるだろう。もって数分、長くて一時間。お前は今宵、世界から姿を消す。図らずとも俺の計画は達成された---」


 その言葉を最後にやつは懐に手を伸ばし、何かを取り出した。バチバチと嫌な音を立てる黒玉。否、煙玉だ。

 それを地面へ思いっきり叩きつけると濃煙が発生する。この煙に紛れて逃走するのだろう。そんなことをしなくても俺は追いかけなければという意思はないと言うに……。


 俺はそれを見届けるしか出来なかった。霧が晴れるころにはやはり消えていた。


 「……姿を消す、転移だと嬉しいね」


 そんなことを口ずさんだが、俺は禁書庫へ戻らないと行けないことを思い出した。何が起こるか分からないが言いつけは守らないと行けない。


 先程よりも軽快に走ることが出来た。恐らく身体中の傷口が塞がり、治癒していたからだろう。ナイフが刺さった箇所も左腕も問題なく動く。


 回転扉を抜けクリスタルを中へと持ち込む。入口に蒼の粒子がフワフワと浮いている。


 「言ったことを守ってくれたのは嬉しいですが、陛下との約束に溝が出来ました。その責任をとって頂きます」


 「塵となって消えたりするのか?」


 「その通りです。塵となるかは知りませんが、あなたは条件を満たさずにクリスタルに触れました。その代償を払うでしょう」


 この世界から消えること……。不思議と俺はそれを聞いても何も思わなかった。消えることを転移だと思っているからなのか、それとも消えてしまうという自信のようなものがないからか。


 「まぁ良いよ、命の危機を乗り越えたし。じゃあね」


 「危機感が無さすぎませんか? あなた、消えるんですよ!」


 「それで良いんだ、とにかくもうここには来ないから今生の別れだよ」


 俺は禁書庫を出た。そして、歩きながら手帳を取り出す。

 手帳のページにはとある文が追加されていた。それは他の字と比べまだインクの色が明るく、今書いたばかりのようだった。


 「クリスタルの代償を払う……か、お?」


 俺は足を止めた。手帳の中の記述に変化があったんだ。本当だったら俺の未来、明日は特にこれといって大きな出来事もない日常を送る予定だったのだが、そこが大きく変わっていた。


 「四月十一日 二日間意識を失う」


 どうやら二日休暇を貰えるらしい。だが消えると言われたはずなのに俺は消えないらしい。いや、まだ分からない。今回のように予想外の出来事が発生する可能性だって大いに有り得る。

 なにより本当だったら予測不能の未来を知れるってなんか不思議だな。恐ろしい出来事も未然に防ぐことが出来そうだし、最近危険なことも怖くなくなってきたな。死にそうになるのは少し怖いな、でも痛いのは怖いな。


 「二日、そこが消えるか消えないかの分かれ目なのか?」


 変な話だが、俺は確かにこの世界では特別、というか異質だ。この世界の人達とは違う世界からやってきた人間だから、普通なら死んでしまうようなことも効かないのかもしれない。


 俺は不思議とそう思った。


 自室についた。ここまでやってくる間だれにもすれ違うことがなかった。結構派手に暴れた気がするんだけど、誰も気がついてないみたいだ。


 俺はベッドに倒れた。不思議と身体がポカポカとしてくる。それと同時に睡魔も襲いかかってくる。全身の傷はクリスタルとやらのお陰で癒すことが出来た。致命傷も無い。だから死に近づいているという訳では無い。


 「……一瞬なんだろうな」


 俺としては一瞬で二日後だが、周囲からしたら少し長いかもしれないな。

 いやそもそも二日意識を失うなんて嘘かもな、あの手帳に書いてあることが起きない場合だってある。いや、ほとんどが起きるか……十回中九、八くらいは起きて残りは起こらない可能性。


 「……ふ、ふぁぁぁあ、それじゃあ二日後ー」


 俺はそのまま眠りについた。

 


 


 


 


 


 

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