第6話 誰も知らない英雄
「変異種が王都へ侵入したぞ!!」
兵士の叫び声が王都中へ響き渡る。
ギルドにいた冒険者たちは一斉に武器を手に取り、外へ飛び出していく。
「ヨウタさん!」
受付嬢セリアが不安そうな表情を浮かべた。
「無理だけはしないでくださいね!」
「分かってます。」
そう返事をしたものの、陽太は心の中で違うことを考えていた。
(いや、無理する気なんて最初からないから……。)
登録初日に命を懸けるつもりなどない。
陽太は人混みを避けるように歩き始めた。
王都はすでに大混乱だった。
住民たちは悲鳴を上げながら避難し、兵士たちは必死に誘導している。
「向こうへ行け!」
「早く逃げろ!」
(こりゃ近づかない方がいいな……。)
陽太は戦場とは反対方向へ進み、人通りの少ない裏路地へ入った。
「ここなら少しは安全──」
その瞬間だった。
ドゴォォォン!!
建物の壁が突然吹き飛び、巨大な影が陽太の目の前へ転がってきた。
「……え?」
土煙が晴れる。
そこにいたのは、三メートルはあろうかという巨大な鬼。
灰色の肌に黒い角。
全身から禍々しい魔力を放っている。
「グオォォォォ!!」
「いやいやいや!!」
陽太は思わず叫んだ。
「なんで俺のところに来るんだよ!」
どうやら兵士たちとの戦闘で吹き飛ばされ、この路地まで飛ばされてきたらしい。
逃げようとした、その時。
右目が熱くなる。
《転生眼 起動》
照合率13%
解析開始——
オーガの身体を見る。
だが何も見えない。
「見えない……?」
次の瞬間、巨大な拳が振り下ろされる。
陽太は転がるように避けた。
石畳が粉々に砕ける。
「危ねぇ!!」
もう一度見る。
何も見えない。
(頼むよ……。)
オーガの蹴りを避ける。
建物の柱を盾にする。
何度も攻撃をかわしながら右目を凝らす。
すると、一瞬だけ。
首の付け根に赤い光が浮かんだ。
「今だ!」
陽太は落ちていた兵士の剣を拾う。
全力で踏み込み、一気に間合いを詰めた。
「うおおおおっ!」
剣先が赤い光を正確に貫く。
ズドッ!!
オーガの動きが止まった。
「グ……ォ……。」
その巨体はゆっくりと崩れ落ちる。
だが次の瞬間。
全身が黒い霧へと変わり始めた。
「なんだこれ……?」
霧は路地全体を包み込み、視界を真っ黒に染める。
陽太は思わず目を閉じた。
数秒後。
霧は嘘のように消えていた。
そこにはオーガの姿はない。
残っているのは砕けた石畳だけだった。
その時、兵士たちが駆け込んでくる。
「いたか!?」
「変異種はどこだ!」
兵士たちは周囲を見回す。
しかし何も見当たらない。
「君!」
隊長格の兵士が陽太へ駆け寄った。
「ここにいた変異種を見なかったか?」
陽太は一瞬だけ考え、首を横に振る。
「俺も逃げてきたんですけど……急に黒い霧が出て、気付いたらいなくなってました。」
「黒い霧……?」
兵士たちは顔を見合わせる。
「逃げたのか……?」
「あり得るのか?」
誰も答えを持っていなかった。
結局、その場は「変異種は姿をくらませた」という結論で落ち着く。
兵士たちが去ると、陽太はその場へ座り込んだ。
「はぁ……。」
全身から力が抜ける。
その時。
《レベル11》
《照合率14%》
《新機能を解放しました》
「14%……。」
やはり照合率は上がっている。
だが新機能についての説明は表示されない。
「相変わらず不親切だな……。」
陽太は苦笑しながら立ち上がった。
「とりあえず……ギルドに戻るか。」
彼は何事もなかったかのように歩き出す。
自分が王都を救ったことなど、誰にも知られることなく。
その頃、王城では――。
「遠見の魔法でも確認できませんでした。」
宮廷魔導士エリオが静かに報告する。
「黒い霧が発生した直後、変異種の反応は完全に消失しました。」
第一王女リリアは窓の外を見つめる。
「つまり……誰が倒したのかも分からない、と。」
「はい。」
騎士団長ガルドも険しい表情で頷いた。
「これほどの変異種が自然に消えるとは考えられません。」
部屋に重い沈黙が流れる。
リリアは小さく呟いた。
「王都に、私たちの知らない実力者がいるのかもしれませんね……。」
その言葉を聞きながら、誰も気付いていなかった。
その”実力者”が今まさにギルドへ戻り、「今日は散々だったな……」とため息をついていることを。
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