ビルの狭間
「しっかし、発達した電子機器のおかげで一秒かそこらでパパっと自分の想いを届けられるようになったってのにねえ。わざわざさあ。自分の字をさあ。ペンやら鉛筆やらを持ってさあ。紙に書いてさあ。郵便配達員に二、三日、下手をすれば一週間かけて届けてもらうんだろうねえ」
「………」
「魔物の字龍がさあ、手紙の字を喰らうのは分かるんだよねえ。手間暇かけている手紙の字にはそれだけ想いが籠められているだろうからさあ。そりゃあ、想いを食料にしている字龍には垂涎の的だろうけど。手間暇をかける人間の気持ちがまったく分からないんだよねえ」
「………」
「しかもさあ、最近は手紙を書く人間が増えてきているっていうじゃん。なんか。電子機器から離れる時間をわざわざ設けているらしいの。便利になりたいのか不便になりたいのか。人間って本当に意味不明生物だよねえ」
カランコロン。
桜の落葉が積もる歩道を抜け、大小様々で歪な形をしたビルが立ち並ぶコンクリートの歩道を、下駄を鳴らしながら軽やかに歩みを続ける曙。規則正しく歩を進める東雲の横顔を見ながら話しかけているのだが、東雲は曙を見る事はなく、字龍が潜んでいるという場所だけを見据えていた。
「あ~~~、あ~~~。なるほどねえ。僕の前でもう二度と失態を犯したくはないからって力んでいるわけだ。僕の話に応答できないくらいに。うんうんそうだよねえ。二度目はないって宣言しちゃったからねえ。貧血で倒れる事もできないし、字龍を取り逃がす事もできない。うんうん。大変だあ。あ。けどさあ。そんなに気負わなくていいんだよ。だって今回の仕事は死神の僕と吸血鬼の君が任されたんだからさ。一時的とはいえ、バディなわけよ。手と手を取り合って協力するバディ。君が取りこぼしたところは僕が華麗に拾い上げるから安心してよ。以前みたいに、っと」
ビル群特有のビル風によって舞い上がりそうになるカンカン帽子のツバをつまんで阻止をした曙。歩を止めた東雲に続いて立ち止まっては、ビルとビルの間の室外機が立ち並ぶ圧巻の景色と、およそ百はある室外機から吐き出されては渦を巻く冷風を前にして口笛を吹いた。
「寒くなったからねえ。じゃんじゃん。暖房を使っちゃうよねえ」
「………先に行く」
東雲は曙の言葉を無視して、薄暗闇に包まれるビルの狭間へと足を踏み入れた。
「さっさと終わらせて、美味しいものを食べよう。もちろん。東雲ちゃんの奢りで」
カランコロン。
やおら脱いだカンカン帽子を剣へと変化させた曙。やたらと下駄の音を響かせて、東雲の後に続いたのであった。
(2026.10.29)




