Alternative 6
セルベラは先生と用があるとの事で、一人で病室まで帰ることに少し心配されたが、「道は覚えているから大丈夫だと」言って戻ることになった。
仕事があるのなら手間をとらす訳にはと思ったのもあるが、一人でここから病室までの道のりをゆっくり見たかったのがある。
私はこの道のりを知っている。そして何度も歩いていた気がする。
ならここをゆっくりと見ながら歩けば何か思い出せるのではと思ったのだが、そんな単純なものでは無いようでしばらく歩くも何も思い出せはしない。
今はもういいか、今日は結構多くの検査を受けさせられて疲れたし、早く病室に戻って休もう。
そう病室の前まで戻り扉を開くと強く風が吹き込み、前髪が目に突き刺さりそうになる。
前髪を拭い部屋の中を見ると、私の視線はそれを見ていた。
部屋の明かりは昼時だからか消されており、少し暗く外から陽の光が差し込んできていた。
そしてその部屋には人の気配がある。
自身が使っているベットの正面、同室者がいつの間にか帰ってきており、ベットに座って横を向き静かに窓の外を眺めていた。
光の透き通る人形のような色白いく美しい肌。綺麗なスカイブルーのベッドに垂れるほど長い髪が外から吹き込む風によってなびく。
まるでそれが一つの絵になっているようで、私はそれに目を奪われていた。
その子は同い年くらいなのか背丈は自分と同じくらいだ。
綺麗…。
そう、ただ夢中に眺めていると同室者はその視線に気がついたのかゆっくりとこちらを振り向く。
目と目が合う。
白群の瞳。自身と相反する色の瞳はとても涼しげで美しい。
「おかえりなさい。同室者さん」
少女は微笑みを見せた。
それを見て僕は胸が鳴り胸元を握り締める。
それは何か暖かくも、胸にチクリと刺さるような何かを感じたからだ。
何だ?この感覚は…。
と言うより…顔が…彼女の…人の顔が見えている!?
本来見える事も自分の中で当たり前だったから、少し時間がかかるまで気が付かなかった。
なんで自分と彼女の顔は見えるのだろうか…。何か自分と繋がりがあるのだろうか。だけど私は自分の事もさっぱりな訳で友人関係の記憶などある訳ない。
それに彼女の顔もそうだが、声や雰囲気の心当たりが無い…全く無いはずなのに…なんだろうかこの感じは…。
そう、ただ疑問ばかりが溢れる。
「どうしたの?いつまでもそこに立っていて。入らないの?」
入口で呆然と立っている自分を不思議に思ったのか、彼女が首を傾げて尋ねる。
「ああ、うん…入るよ」
そう答え、病室に入り自分のベッドへと戻り座るのだが。
…気まずい。病室に二人きり、会話などなく、彼女は再び外の景色を眺めているし…。
特にやる事もない。と言うより何かをするためのものが周りに無い。本もなければ何かを書くノートや道具もない。本当に何もできることがない。このまま布団を被って寝るのがいいのだろうか。いや、疲れているが何故か全く眠くないから無理だ。
…そういえあの子はずっと外を眺めて何を見ているのだろうか。
ベットから立ち上がり、窓の外を見る。
窓の外は青々く綺麗な快晴であり、眩しい陽の光が瞳を刺す。
向かえと左右にはカーテンが閉まっていて部屋の中は見えないが、広々と四角を描くようにこの施設の壁が立つ。
そこは確か中庭だ。
程よく気持ちい風が吹き、数匹の鳥が目の前を数度回って下へと降りていく。
それを目で追って行くと下には生い茂る緑が見える。
それはそこそこ大きな大樹があり、その下に芝生の地面に壁に反って色々な花が咲く花壇が見える。
窓を数え見るに自分がいる所は五階とそこそこ高い所で、その木の頂点は四階の中間あたりまであるのが分かる。
この景色は微かにだが見覚えというか記憶があった。
空気がいいのか分からないが、中庭の様子を眺めていると疲れが、心が癒されるなぁ、と呆けていると
「ねぇ、同室者さん」
間近に彼女が声をかけてきたのでその方を見ると彼女はすぐ隣に立っていた。顔が合うなり彼女は何か面白かったのか「ふふ」っと口元を隠して微笑む。
「な、何?」
「いえ、同室者なのだから挨拶くらいしといた方がいいかなと思って。これからしばらくの間はほとんどの時間を同じ空間で過ごすと思うから」
しばらくの間、そうだ。しばらくの間はこれまで通り検査を続けるって先生たちも言っていたな。
「じゃあ私から。私の名前は…フェル。ただのフェルだよ」
フェル…可愛いけど少し不思議な名前だな。苗字が無い様だから、自分とは違う国の子なのだろうか。
「わ…僕の名前はアルフレッド。アルフレッド・カーマイン」
「アルフレッド…そう」
そう呟いて何か少し考える。
「じゃあアルだね。よろしくね。アル」
今の間は愛称を考えていたのか。まあ、いちいちアルフレッドって長い…長い?まあ、呼びやすい方がいいからいいか。
「うん、よろしく。フェル」
差し出す彼女の手に答えるように握手を交わす。
「あらあら、そんなにも手を熱くにぎりあっちゃって。もうそんな仲になったのかしら?」
不意にセルベラの声が聞こえその方を見ると病室の入口に立ってそちらを向いた私達に対して「やぁやぁ」と手を振っていた。
いつの間に…と言うより扉の開く音さえ全く聞こえなかった…。
「良かったわ。同室ってなんだかプライベートが全くないから色々とあるのだけど、貴方達なら問題なさそうね」
そう真っ黒な靄で顔を伺うことが出来ないがニマニマと満面の笑みを浮かべているのが何となく分かる。
「それで、何の用できたの?」
「あはは流すねぇ。お昼ご飯の時間だからそれを伝えに来ただけ。アルくん場所が分からないだろうから食堂まで案内とあーんをしてあげようと思ったけど、どう貴方も一緒にあーんしてあげよっか?」
「いいえ、自分で食べられるので大丈夫です。ね、アル」
「ああ、うん」
「ざーんねん。じゃあ私は他の子と一緒に食べるから二人ともお姉さんが居ないからって寂しがっちゃダメだよ」
そう言ってセルベラは少し寂しげに部屋の外へ出て行った。
なんかあんな寂しげにされると少々申し訳なくなるな…。
「じゃあ私達も行こっか」
「うん」
そうフェルの引く手に答える。
ほとんどの記憶が無く、自分とフェル以外の人の顔が異質な真っ黒靄に隠された世界。
なぜ彼女の顔だけが見えるのか、なぜ記憶を失ったのか、自分の体に何が起こっているかと分からないことばかり。
だけど、そんな世界で人の顔を見れたからか、それとも彼女のその微笑みのお陰なのか、とても安心することが出来た。
だから、私は…僕は少しずつゆっくりと自分の事を思い出して行こう。




