Alternative 12
目を覚まし、この施設で生活を続けて二週間と少しが経った。
この施設での生活スケジュールはだいたい決まっており、五日間を学習をする日で、二日間が目覚め後の脳波を終えた後完全な自由時間となるというのを繰り返すようだ。
そして僕とフェルは天気もいいので中庭へ出る許可を貰い中央に生え立つ巨木を背にもたれて互いに読書をしていた。
あれから時間が経って少しだけ変化があった。
それは黒い靄が晴れて顔が見えるようになったことだ。
と言っても見えるそれは人の顔では無い。
見えるのは梟や猫、犬に猿に魚、虫と多種類の動物の顔が見えるものも居れば、花やリンゴなどの果実といった植物の頭。そして本やフラスコ、モニターといった道具等と様々なモノが顔の代わりに見えるようになった。
フィカスは変わりなく相変わらず無数の針金虫達が楽しそうに踊るように蠢いている。
セルベラは小さな白い花がいくつも咲いており二つの緑色の木の実のようなイヤリングをつけているようだった。まぁ当の本人は三日ほど前にしばらくのお別れとか作り泣きしながら言って何処かに出張に行った。
何故人の顔では無くそういったものとして見えるようになったのか分からないが、真っ黒な靄で全く見分けが付かないよりはマシなのだろう。
それに、それがどう言った生物か植物かと図鑑を見て調べる楽しみもある事だし。
僕は様々な小説を読んでる中、フェルはどう言ったものを読んでいるかと言うと演劇に使用された小説を読んでいる。
恐らく自分の中での解釈と演劇として、どう表現されるかを見比べ確認する為なのだろう。
時折、無意識なのセリフなどを小さく呟いていることがあり、それに最初はびっくりしたものの、今では慣れすごく可愛らしく見えるものだ。
やはり演劇の役者になりたいんだなと思いながら陰ながら応援している。
それにしてもこうしてフェルや物語を見ていると誰もがやりたいことを確かに持っている。
クリティアの番犬の主人公なら恩に報いる為に主である彼女を守り支えていきたいと言うモノを持っていた。それを成し遂げるために自身を鍛え師となる先輩から剣術や武術を、学を学び続けていた。
他の物語でも師や家族といった者達の意志を継いだり、憧れから夢見てと様々だ。
なら、僕は何をしたいのだろう。
家族が何をしているのかは知らない。ここを退院したら家業を継がされるかもしれない。
親次第だが、自分にやりたいことがあればそれを応援してくれるかもしれない。
フィクションのような魔法や超能力はなければ、特にこれといった特技のようなものは無い。
この間、絵を描いてみたが酷いものでフェルにからかわれるレベル。まぁフェルも僕に負けないくらい酷いもので、僕に笑われたことに頬を膨らませていたけど。
音楽はというと楽器がないため演奏は出来ないが、歌を歌って見た事はある。まぁそれはフェルは笑うことは無かったが少々苦い顔をしていた為、どうやら音痴なのだろう。それに比べて歌はフェルは抜けて上手かっな。
そうやって色々と試して見たが、楽しくはあるもののそれをやりたい事としては考えられ無かった。
記憶を失う前の僕は何かしたい事はあったのだろうか…。
そう考えていると肩にぽとっと重くのしかかる。
読み疲れこの場所の心地良さにフェルが寝落ちしたようで、彼女の頭が僕の肩にもたれる。
「おや、仲睦まじくいい雰囲気じゃないか」
フィカスが木に肘をついてもたれ掛かるようにして、いつも通り片手にあの端末を操作しながら、こちらを見下ろす。
「今日は暇なんですか?先生」
「んや〜暇じゃないけど、たまたま用があって近くを通ったからね。君に頼まれていた事の話をしようと思って」
資料室でそれなりの本を借りて読み漁ったが、途中で終えていたあの本の続きは結局見つからないでいた。ましてや、途中で終えていた本がさらに見つかるまであった。
それら以外はしっかりと最後のページまで文字があるというのに。やはり大量に仕入れたことで不良品を掴まされたと見るべきだろう。
だけど、やはり続きが気になるからダメ元でフィカスに本とフェルのお気に入りのあの演劇の続きが無いか尋ねてみると。不思議そうな反応の後何か面白かったのか「分かった。こちらで調べてみるよ」と言ってくれたのだ。
「何かわかったの?」
「まぁまぁね」
まぁまぁという事はそれなりには期待していいものだろうか…。いや、先生のことだし…と言っても面白そうとか言ってたしそこで手を抜くとは思えないし…。
「まぁそこまで勘繰らなくてもしっかりと調べたよ。本を卸してくれた当人に聞いてきたからね」
本を送ってくれた当人に聞いたならそれなりに期待できるな。それより良かった、不良品を送り付けた悪徳業者じゃなくて。
「読んだ君は気がついていると思うけど作者不明の途中で終わっている本達は全て同一人物が書いた本だよ」
「うん、知ってる。文章の書き方が似てるところ多かったから」
「それで面白いことが一つ。君達が気に入って見ているあの演劇を書いたのも同じ人物だよ」
「演劇の事もなにか分かったの?」
「ああ、調べるの大変だったらしいよ。なんたって作品自体が五十年くらい前で、更に田舎の小さな劇場で行われたらしいからね。しかも宣伝なし観客なしの貸切でおこなっていたそうだし」
「観客なしって一体どういう目的で演劇を行ったんだろ」
「当時の劇場を管理していた人の息子がいたそうで話を聞くに、その作品を映像に残して誰かに送る為だとか言っていたそうだよ」
自分の作品を特定の誰かの為だけに作ったということか。なら宣伝とか観客がいなくてもいいって言うのは分かるけど。
「まぁそんな作品の映像がここにあるってことは、その人にちゃんと届いたのか、届いたけど気に入られなかったのかは定かではないけど」
「貸し切ってまで作ったものだから一度は届いて欲しいですし、後者なら、なんというか少し残念ですね」
「せっかく書いたラブレターを突っぱね返された様なもんだろうね」
この人もほんとそういうとこ配慮ないな。
「それで君達にとって一番肝心な事であるそれらの続きについてだが、残念だけど無いらしい」
「やっぱりそうなんですか」
「おや、残念そうにしないね」
「まぁ、薄々はそうじゃないかと思っていたので」
「へ〜そう思った理由は?」
「物語って色々あるんですよね。戦いといったアクションや謎解きにミステリー、恋愛と。だから面白く楽しい所があれば登場人物達に共感してドキドキしたり、時に恐怖を感じたり、悲しくなったりって。だからずっと幸せで面白い事が続く事ってないんです。人生と同じ様に。だから作者は続きが無いんじゃなく、多分書きたくなかったんじゃないかなって僕は思った」
「ふ〜ん。面白い考え方だね」
「まぁ、僕の勝手な考えだから違ったら違ったで原作者には申し訳ないけど」
「いや、いいんじゃないか?考えなんて違って当然なのだから。君にも有ったんだろそう考えられる何かが」
「うん」
「なら、それを貫けばいいよ。間違ってたら間違ってたでそれに修正すればいいし。それでも納得いかなければ自分の内にそれを持っておけばいいだけだよ。結局どれもこれも正解だし不正解でなのだから」
…?何か、らしいこと言ってるけど。何を言っているか理解出来ずらい事を言っているような。
「おっと、もうそろそろ戻らないと行けないけど、何か最後に軽く聞きたいことはあるかい?」
「話は大きく変わるんですけど、先生って何で医師になったんですか?」
「それはなんでそんな質問をしたんだい?」
「将来自分がやりたいことって何かなって思って」
「なるほどね。なんで医師になったかというと、救える命があるならばそれを救いたいから医師になった、と言えばとても誇れて綺麗な事だけど、実際は興味や趣味からだよ。
僕は何で生物に寿命があるのか、なぜ病があるのか、なぜ死ぬのか、どうやって子供が生まれるのかって言う疑問があったからね。それを詳しくなるために医学を学んでいたら医師になっていたと言うだけ。いわゆる探究心とも言える。
まぁ金回りがいいからとか色々言う人よりかはマシだろう。実際人を救う事に手を抜いたことは無いからね」
確かに僕の検査とかで、態度はあれだけどしっかりと検査をしているからちゃんとしてはいるんだろうけど、マシと捉えるのは何とも僕は言えないかな。
「まぁ、君もやりたいことをやればいいよ。人生は一度きりなのだから。別にそれを仕事とせずとも趣味としてやり続けるのもいいんだから。大切なのは後悔しないことそれだけだからね」
確かに何をするにしても、それをすぐに仕事とする必要は無いんだ。この人みたいに趣味がたまたま仕事と出来できることだってあるのだから。
「どうやら何か納得出来たようだね」
「うん」
「それは、良かったよ。それじゃあ、君もそこで寝たりして風邪をひかないようにね」
「うん、色々と調べてくれてありがとうございました」
「いいよいいよ。こっちとしても中々に面白いことだったからね」
そう言って背中を向けて手を軽く振って施設の中へ歩いて行った。
「ん…」
小さく声をこぼし目を擦りながらフェルが目を覚ます。
「おはようフェル」
「うん、おはよう…アル」
そう寝ぼけているのかこちらをしばらく眺められる。
すると急に笑いだした。
「どうしたの?」
「いや、最近何か考えてるような顔してたけど、今見ると何かスッキリしたような顔してたから。どうしたのかなって」
「分かるんだ」
「まだ数週間しか経ってないけど、それでも一緒に過ごした時間はそれなりに長いからね」
まぁ、寝てる時以外は殆ど顔が見れる距離にいたからな。僕にはまだ分からないけど、フェルには分かる何かがあるんだろうな。
「約束だからね。フェルに最初に話さないとね」
それを聞いて察したのかとても嬉しそうな表情を見せる。
「やりたいことを見つけたの?なに?」
「僕はね。この本みたいに、あの演劇のような物語を書く人。作家になりたいよ」
「へ〜作家さんか〜」
「それでもし叶うのなら僕が書いたその物語をフェルに演劇として出て欲しいんだ」
それを聞くとまるで虚をつかれたように少し驚いた表情を見せられる。
「無理かな?」
少し予想と違った表情を見せられ不安げに聞くと。フェルは首を横に振り
「…ううん。きっとできるよアルなら。だから頑張ってね」
そう、いつも通り楽しげに嬉しそうに答えてくれた。
「うん、頑張るよ」




