005 バージル・コンラッド
儂はバージル・コンラッド。オールディス侯爵家で魔法の講師をしておる者じゃ。
そんな儂は、そのあまりに異様な光景に言葉を失くしていた。
今までロクに儂の魔法の授業に出なかったエドワード・オールディス。使用人たちの話を聞いてもいたずらばかりする困ったボンボンだと思っておった。
この時までは。
始めは少し灸を据えてやろうと思っただけじゃった。魔法はおいそれと使えるものではない。ましてや、相手は魔法の授業をサボっていたずらばかりするエドワード。魔法なんて使えるわけがないと思っておった。
しかし、エドワードはまるで熟練の魔導士のようにいとも簡単に魔力を操ってみせた。
皆、一番最初は魔力を操るのに苦労する。今まで意識したこともない自分の体の中にある魔力を感じることができないからじゃ。
しかし、エドワードは違った。
エドワードは目を閉じると、すぐに儂がやったように魔力を右手の人差し指から出してみせた。
その出力は、まるで熟練の魔導士のように正確で均一。決して魔法の授業をサボっておった者ができることではない。
じゃが、昔の授業でもエドワードが魔法を操ることに成功していたことは事実。あれから隠れて練習していたのであれば、説明がつかないことでもないが……。しかし、この短期間でここまで練度を上げることは可能なのか?
エドワードが目を開いて、不思議そうに自分が生み出した影の糸を触ろうとして、失敗して終わる。エドワードが影の魔法を操ることは知っておった。それが、実体を持たないものだということも。
エドワードはそれを知って、魔法は役に立たないと決めつけ、魔法の授業をサボるようになってしまったが、誰も見ていないところでひっそり練習していたのか?
しかし、使用人たちにいたずらばかりするエドワードと、目の前にいる瞳を輝かせたエドワードが、どうしても儂の中で一致しなかった。
呆然としてしまった儂をさらなる衝撃が襲う。
なんと、エドワードは何食わぬ顔でいきなりその右手の人差し指から出ていた影の糸を黒くしたのだ。
それだけでは何が起こったのかわからなかったが、しかし、エドワードが影の糸に触れることでその正体が判明する。
なんと、影の糸が実体化しておったのじゃ!
それだけでも十分驚愕に値するのに、エドワードはとんでもないことを始めた。
なんと、実体化した影でさまざまなものを作り始めたのじゃ!
ボールはまだわからなくもない。単純じゃしな。
しかし、星形のような複雑なものをああも簡単に作れる想像力には脱帽するしかない。
しかも、見ているとどんどん作るものが複雑化していった。
魔法はイメージが何よりも大事じゃ。
イメージが強固であれば、魔法もそれに応えてくれる。
とはいえ、人が頭の中で思い浮かべるようなイメージは、普通はあやふやなものじゃ。
今目の前にいるエドワードのように、最初の一回できちんと細部までイメージできる者など皆無に等しい。ましてや初心者ならなおさらじゃ。
最初に儂がエドワードに見せた炎の鳥も何千のもの失敗の上にようやく成り立っている。
だというのに、エドワードは今度は一度形作ったものを触ることもなく瞬時にまた別のものに変形させる芸当まで披露した。
しかも、そんなことをしながら、手元では作り出した刃物で己の爪を切って満足そうな笑みを浮かべておった。
こんな複雑な平行作業でやってのけるこやつの頭の中はどうなっておるのじゃ⁉
それに刃物の具現化じゃと⁉
儂が火の剣を作り上げるのに何年かかったと思っておるのじゃ!
儂の火の魔法も実体を持たない魔法じゃ。だからこそ、実体化する上での難しさや実体化した上で操る苦労も知っておる。
だというのに、エドワードは一足飛びに成長の階段を駆け上がり、もう純粋な想像力は儂を超えているだろう。
これは逸材も逸材。いや、天才じゃ! それも並の天才ではない。比べるのも不遜なことじゃが、まさか、この長いカチドニア王国の歴史の中でも随一の――――!
「うぬ?」
そこで儂はとんでもないことに気が付いた。
エドワード、こやつの魔力はどうなっておるのだろう?
こんなにも連続で魔法を使えば、普通は魔力不足になってぶっ倒れても不思議ではない。
というか、そうなるべきなのだ。なぜ平気そうに立っておるんじゃ?
しかし、エドワードはニヤニヤとした不遜な笑みを浮かべていた。
まさか、魔法を使うのに夢中で自分の魔力を把握していないのではないか?
「エドワード様! エドワード様?」
「うん?」
エドワードが魔法を行使しながら、こちらを向く。
その作っているものは、もう儂には理解も及ばないほど複雑怪奇なものだった。
そして、エドワードの顔には、まるで楽しみを邪魔されたかのように不機嫌そうな表情が浮かんでいた。
「大丈夫ですか? 魔法を使うと魔力を消費します。魔力を消費しすぎると、眩暈や、最悪意識を失うことも――――」
「いや、まだ二割も使っていない。大丈夫です」
「にわッ⁉」
これだけ魔法を行使して、二割も使っていない⁉ どうなっておるんじゃ⁉
考えられる可能性は、影の魔法が元々魔力消費の少ない魔法ということと、エドワードの魔力量が元々桁違いに多いということくらいじゃが……。
まさか、その両方……?
貴族とは、魔法に秀でた者の子孫だと言われておる。その証拠というわけではないが、貴族はまるでより速さを目指して交配を繰り返す馬のように、より魔法に適した存在になるために魔力の多い者や魔法に秀でた者を積極的に取り込んできた。
その成果なのか、貴族の魔力は平民の二倍以上とまで言われている。
もし、その成果の結晶。特異点となるような存在が目の前にいるとしたら……?
「はは……」
気が付いたら、儂は乾いた笑いをあげておった。
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