037 力量差
だんだんとこちらに向かって近づいてくるそれは、わたくしにはとても大きな、それこそ山のように大きな芋虫のように見えました。
クイーンアント。
オールディス侯爵の話では、どうやら、あれがアーミーアントを束ねる女王のような存在のようです。
クイーンの存在は、わたくしも授業で習ったことがあるのを思い出しました。それこそ、国を挙げて挑むようなモンスターであり、決して個人が挑むようなモンスターではありません。
過去には、クイーンアント率いるアーミーアントによって崩壊した国もあるほどだとか。
それほどにまで危険なモンスターです。
「まさかクイーンアントまで出てくるとは……。しかし、それならばこの量のアーミーアントも納得がいくか……」
豪胆で知られるさすがのオールディス侯爵の声も少しだけ畏怖に震えていました。
わたくしたちは、もうクイーンアントの手下であるアーミーアントたちに手を出してしまった。もう逃げる場所などないのです。
どうしたら、どうしたらいいの……?
混乱して今にも取り乱してしまいそうな心を蹴飛ばして、努めて冷静であろうとします。
そして、声が震えないように細心の注意を払いながら、エドワードに話しかけようとして気が付きました。
なんと、エドワードはこの薄暗い闇の中でもわかるほど目をキラキラさせてクイーンアントを見ていたのです。
この時、わたくしは最初からエドワードがクイーンアントの登場を心待ちにしていたのがなんとなくわかりました。
心待ちにしていたということは、対処法があるということでしょう。
なんだか、わたくしばかり心が疲労して不公平です。
気が付くと、わたくしはどんどん怒りが湧いてきました。
「エドワード! やっておしまいなさい! できないとは言わせないわよ!」
「仰せのままに!」
エドワードはまるでなんでもないことのようにそう答えると、クイーンアントのさらに上空を見ます。
「終わりました」
「はい?」
終わったというエドワード。
しかし、前方にはまだまだ健在のクイーンアントの姿が見えます。
どういうことでしょう?
終わった?
もしかして、もう打つ手がないということ?
「そんなまさか……」
そんな身勝手なマネが許されるでしょうか!
わたくしがエドワードを問い詰めようと一歩踏み出すと、それと同時に巨大な重量物が落ちたような音が響き渡りました。
少し遅れて、強風がわたくしたちを襲います。
いったい何が……?
飛ばされそうな強風の中、急にふと風が和らぎました。
目を開けると、エドワードがその糸目のような目をさらに細めて笑っているようでした。
「お手をどうぞ、シャーロット殿下」
「え、ええ……。あの、エドワード、クイーンアントは……?」
「御覧のとおりです」
そう言ってエドワードが横に移動すると、あんなに巨大だったクイーンアントの姿が消えていました。
「いったいどこに……?」
「潰しました」
「はい?」
潰した? クイーンアントを? どうやって?
「ちょっとわかりにくいですが、よく見ると黒い物質が見えるでしょうか?」
エドワードが指をさす方向。目を凝らしてみると、夜の闇に紛れるように四角くてクイーンアントよりもさらに大きい黒い物質があるのが見えました。
「まさか……⁉」
「はい。あれで潰しました。一撃です。いやぁ、クイーンアントは無限に近い回復能力を持っているんですけど、一気に倒せば問題ないんですよ。そのためにはやはり火力が必要ですね。今回は上空に重い影を作って潰してみましたけど、それがダメなら横から挟もうかとも思っていました。まぁ、それでも死ななかったら最終的には圧搾機のようなものを創って潰してやろうと思っていたんですが、そこまでは必要なかったようです。まぁ、所詮はクイーンアントですからね。こんなものでしょう」
「はあ……?」
この人は何を言っているの?
あんなクイーンアントよりも巨大な物質を魔法で創った?
それがダメでも手があるのも驚きなのに、圧搾機って、そんな複雑なものを創ろうとしていたんですか⁉
そして、わたくしを一番驚かせた言葉。それが、所詮はクイーンアントという言葉です。
クイーンアントは、国の兵力を動員しても、国が亡ぶことがあるほどの危険なモンスターです。それを個人で殲滅しておいて、この言い草……。
しかも、エドワードは自分を誇ることなく自然体で言っていました。
普通、このような偉業を打ち立てたら誇らしい気持ちになるでしょうに、エドワードはいつも通りです。
「ははは……」
気が付けば、わたくしは口から乾いた笑い声が漏れていました。
そのことに気が付いたのか、エドワードはわたくしの前で跪きます。
「シャーロット殿下。このエドワード、約束は守る男です。私を信じていただき、アーミーアント殲滅をお命じ下さり、ありがとうございました」
「ッ⁉」
エドワード、あなたはこの国難を排した功績を独り占めせずに、わたくしに分けようというの⁉
眩しい。あまりにも眩しかった。
そして、それと同時に羨ましいと感じた。
そう。わたくしは初めて他人を羨ましいと感じたのです。
わたくしは、エドワードの魔法の力が羨ましい!
今、わたくしとエドワードの間には、数えるのも嫌になるほどの力量差があります。
でも、いつか必ず追いついてみせる!
わたくしはそう心に決めました。
そのためには――――!
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