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【書籍化】影魔法使いは悪役かませ犬のままで終わらない  作者: くーねるでぶる(戒め)


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034 ぺしゃんこ

「ひぐッ⁉」


 隣でここまで付いて来てしまったおじいちゃん近衛兵が息を呑もうとして失敗したのがわかった。


 もう、アーミーアントの大群との距離は十メートルもないだろう。


 暗い森の中を怪しく光る赤い目。カサカサと何重もの音を立てて移動する足音。


 たしかに、一体一体の殺意はそれほどでもないだろう。


 だが、百を超えるまでの殺意を急にぶつけられると、まるで質量を持った何かに殴られたような衝撃があった。


 アーミーアントとの距離はもう五メートルもない。


 先頭を走るアーミーアントが、その顎を開いて飛び掛かってくるのが見えた。


「危ない!」


 横にいた近衛兵のおじいちゃんが、まるでオレを庇うように、オレの前に立って盾を構えていた。


 必要ないんだけどなぁ……


「じゃあね」


 オレは、その光景を見ながら、胸の前でまるで見えない本を両側から閉じるような動作をした。ちょうど、手を合わせるような動作だ。


 ギギギッ!


 その瞬間、目の前の景色は一変した。


「はあ……?」


 おじいちゃん近衛兵が、まるで呆けてしまったかのような声を出す。


 それもそのはず。おじいちゃん近衛兵の前方には、もう森は存在していなかったのだから。


 森の代わりに広がるのは、まるで丁寧に丁寧に整地されたかのように真っすぐに水平な大地だ。それがどこまでもどこまでも続いている。


 そしてよく見ると、オレたちの目の前には、その中心を走るように、天高く塔が建っていた。


 それは、影の塔だ。すべてを飲み込んだ暴食の塔でもある。


 オレがやったことは単純だ。オレはただ、森に広がった影を折りたたんだだけである。


 オレの魂の魔法は影の魔法だ。オレか、オレが生成した影が触れていれば、自然に存在する影すらも操ることができる。


 自然に存在する影を操ったからだろうか、オレのMPの消費はほとんどない。精神の負担もないに等しい。


「あはっ。思った通りだ!」


 やはり、オレの魔法は夜の方が強い!


「わた、私は、夢でも見ておるのか……?」


 自分でも興奮しているとわかる声で呟けば、オレに答えるように目の前に立ったおじいちゃん近衛兵が呆けた声で呟く。


 レベルアップの影響だろうか、ちょっとハイになっていたオレは、その肩をポンと叩いた。


 すると、おじいちゃん近衛兵は予想外に機敏に反応した。


 まるで得体の知れない怪物に出会ったかのような表情。その目の瞳孔は完全に開いており、ぷるぷると震えている。その顔からは、まるでバケツでもひっくり返されたかのようにぬるりとした汗が滴っていた。


 よく見なくても、おじいちゃん近衛兵の体が闇の中でガクガクと震えているのがわかった。自分の身を隠すように盾を構え、その右手は剣の柄を握っている。


 てっきり感謝されるかと思ったんだけど、予想外の反応だ。


 どうしたのだろう?


「きで、貴殿は、何者だ⁉」

「やれやれ……」


 このおじいちゃん近衛兵、本気で呆けちゃったのかな?


 この人が近衛兵のリーダーで大丈夫なのだろうか?


 ちょっと心配になる。


 オレはおじいちゃん近衛兵を安心させるように精いっぱいの笑顔を浮かべてみせた。


「エドワード・オールディス。シャーロット殿下の婚約者だよ?」



 ◇



 私、チェスターは、人生において最大の危機を迎えていた。


 気が付けば、目の前にはまるで職人が平らに切り出したような大地が広がっていた。


 飛び掛かってきたアーミーアントの大群は?


 森は? 木々は? どこに消えたというのだ……?


 まるでこのカチドニア王国の守護神ゾーイのいたずらに遭った気分だった。


「わた、私は、夢でも見ておるのか……?」


 これが神の御業だとでもいうのだろうか?


 たしかに、こんな力を実際に目にすれば、我々人間などちっぽけな存在でしかないという教会連中の言葉も信じられる気がした。


 その時、肩を叩かれた。


 私はその時、すべてを悟った。


 これは神の御業なんかじゃない!


 たった一人の魔法によって引き起こされたことだ!


 そして、それを為したのは――――⁉


 頭の中は疑問と恐怖に支配されている。


 だが、私の体は今までの訓練の賜物なのか、自然と動いた。


 盾を構え、剣の柄に手を置いた臨戦態勢。


 一呼吸もかからず首を刎ねることができる体勢だ。


「きで、貴殿は、何者だ⁉」


 その答え次第では斬る。そう決意を持って誰何した。


 しかし、どうしても恐怖で声も体も震えてしまう。自分でも異常だとわかるくらい冷たい汗をかいていた。


 私の必殺の構えを見た目の前の太った少年は、まるで私など眼中にないかのように呆れた様子だった。


「やれやれ……」


 明確に呆れを含んだ少年の声。


 それは彼我の実力差もわからないのかと言わんばかりだ。


 木々が突然消え去り、月光が降り注ぐ中、目の前の太った少年が嗤っている。その目はまるで糸目のように細く、口はまるで三日月のように両端が吊り上がっていた。


「エドワード・オールディス。シャーロット殿下の婚約者だよ?」


 あぁ……。守護神ゾーイよ……。


 あなたのいたずらは質が悪すぎる……。

お読みいただき、ありがとうございます!


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