021 愛称
それぐらい大事なのが名前だ。
なのに、シャーロットはオレが愛称で呼ぶことを許してくれた。
これはめちゃくちゃ光栄なことだ。それと同時に、シャーロットが口先だけでオレを好きになる努力をすると言っているわけではないということがわかった。
嬉しかった。
オレはシャーロットに認めてもらえたように感じて、また泣き出してしまいそうなほど嬉しかった。
でも、オレは泣かない。
さっき、シャーロットと約束したもんね。
シャーロットが愛称を許してくれた。オレもこれに応えたい。
「ありがとうございます、シャル。どうぞ私のことはエドと呼んでください」
そう言うと、シャーロットがもどかしそうな顔をした。
「敬語もいらないわ」
「え⁉ さすがにそれは……」
大丈夫かこれ?
オレ、不敬罪で首飛ばない?
「わたくしがいいと言っているのよ? その、将来一緒になったら、敬語なんておかしいじゃない? その予行演習だと思えばいいのよ」
「それって……」
いや、たしかにオレとシャーロットは婚約者だよ?
そりゃ将来を考えたら結婚はありえる。
しかし、婚約破棄というのもあるにはある。絶対一緒になるというわけではないのだ。シャーロットもそれは知っているはず。
それでも、シャーロットはオレと一緒になることを考えてくれているんだ。
「ありがとうござい……。ありがとう、シャル」
「それでいいのよ」
ちょっと横を向いたシャーロットの顔は、またなんだかピンクに染まっているように見えた。
あ、シャーロットがこっち見た。
「それと、エドは普段から一人称が私なの?」
「えっと、普段はオレを使ってるけど……?」
「オレでかまわないわ。なんだか私って言い辛そうにしてるから」
「そんなことまでわかるんだ……。ありがとう、シャル」
シャーロットはそのままソファーに座った。なんだか疲れたような様子だ。
「はぁ……。なんだか、予想外の急展開だわ」
「それは……申し訳ない……」
「いいのよ。わたくしとしても悪い話ではなかったし」
なんだかオレの感情の爆発から始まった話だったけど、なんだか良い方向に転がったようでよかった。これが原因で嫌われたり、決定的に仲が悪くなることもあったと思う。本当によかったよ。
これも体が十歳の子どもになったことが原因なのかなぁ。感情的になりやすいみたいだ。気を付けないとね。
「ありがとう、シャル。オレ、がんばるよ。まずは痩せることから」
「それは本当にお願いするわ」
「ああ。あ、そうだ。これからだけど、もしよかったら庭に行かない? ブランコがあるんだ。バルコニーもあるし、そこでお茶にしない?」
◇
エドワードにバルコニーに誘われた後、わたくしは着替えを理由に一度エドワードには部屋の外に出てもらった。
それにしても驚いたわ。まさか、あんな性悪そうな少年があんなにも純情だったなんて。エドワードが叫んだ言葉は、聞いているわたくしの方が恥ずかしくなるほどピュアピュアだった。
上級貴族の男なんて、第二、第三夫人を娶るなんてまだかわいい方で、別邸に妾を複数囲ったり、浮気したり、やりたい放題だと聞いていたから驚いた。
そういえば、オールディス侯爵は上級貴族では珍しい愛妻家だったわね。エドワードが突然あんなことを言い出したのは、幼い頃からそんな両親を見ていたかしら?
「でも……それだとおかしいわね……?」
あの時のエドワードからは、もっと乾ききった渇望のような感情が伺えた気がする。
両親の仲も良く、魔法の腕は異次元。それは確かに悪い噂もあったけど、他人から見れば順風満帆といえるエドワードの何がそうさせたのかしら?
「姫様、本当によろしかったのですか?」
エドワードのギャップについて考えていると、フランシスが心配そうな顔でわたくしを見ていた。
「愛称をお許しになるのは時期尚早だったのでは? もしかしたら、姫様を確実に手に入れようという演技かもしれませんし……」
「それはないと思うわ」
あの時のエドワードは、嘘も吐く余裕もないほどいっぱいいっぱいのように見えた。
これでもわたくしはこのカチドニア王国の王女。幼い頃から本心を隠した大人たちの相手をしてきた。そこで培われた人間観察能力は鋭い方だと自負しているわ。
「それに、エドのあれがもし演技だとしても、わたくしはかまわないの」
その時は、わたくしに殿方を見る目がなかっただけ。
それに、わたくしは王女。いつかは誰かと婚姻を結ぶ身だ。これは王族としての義務。それなら、なるべく自分好みの殿方と結ばれたい。
今回、三人の中から婚約者を選べと言われ、実際に婚約者候補の殿方に会う機会をくれた陛下。これがせめてもの親心だということも理解している。
でも、まさかこんなバケモノがいるとは思わなかったけど……。
「それにね、フランシス。わたくしも王族の女よ? エドが約束を守ってくれたら、それはそれで僥倖だけど、他に女を作るのを咎めるほど狭量ではないつもりよ。許可は取ってほしいけどね」
そう言って笑うわたくしをフランシスは複雑そうな顔で見ていた。
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