016 カーラ・ブラッドフォード
「まさか、エドワード様がお菓子を自ら断つとは……」
私、カーラ・ブラッドフォードは部屋を出た後、衝撃を持って呟きました。
最近、より詳細に言うならエドワード様は落馬して頭を打ってから、まるで人が変わったようにお利口になりました。
いえ、以前のお利口な状態に戻ったといえるでしょうか。
最近まで手も付けられないほど使用人に対していたずらを繰り返すようになってしまったエドワード様ですが、元はお利口ないい子でした。
それが崩れてしまったのが、自分の魂の魔法が役に立たないと知ってしまった時です。
エドワード様は救国の英雄、シェリル様に憧れていましたからね。その落胆ぶりは見ていてかわいそうになるほどでした。
私はブラッドフォード子爵家の生まれです。貴族子女の義務として一度結婚しましたが、いつまで経っても子どもができずに離縁された女です。
離縁された後は、ブラッドフォードの家業を継ぐために訓練をしておりましたが、実家も私を持て余しているのを感じていました。
そんな時でした。旦那様に出会ったのは。
カルヴィン・オールディス様。旦那様は行く当てのない私を引き取ってくださったばかりか、生まれたばかりの嫡子の筆頭メイドを任せてくださったのです。
いくら私がブラッドフォード子爵家の出身とはいえ、治癒の魔法を使えることを差し引いても、信じられないほどの好待遇でした。
その期待に応えるため、私はこれまで筆頭メイドを全力で努めてまいりました。
ですが……。
かわいいのです。エドワード様が。
子を産むことができなかった私にとって、不遜なことではありますが、エドワード様はまるで自分の子どもようにかわいかった。
エドワード様が使用人にいたずらを始められた時、私は心をデーモンにしてでもエドワード様に諫言するべきでした。
しかし、どうしてもエドワード様の心を思うと……。
そんなどうしようもない私です。旦那様にエドワード様の筆頭メイドを辞任したいとお伝えしたこともございます。
ですが、旦那様は今は見守ろうとおっしゃると、私の辞任をお認めになりませんでした。
そして今、エドワード様はご自分で自身の魂の魔法に向き合い、強大な力を開花させ、見事シャーロット殿下の婚約者の立場までご自分で手に入れたのです。
私は、人を信じることの大切さを旦那様に教えていただいた心地がいたしました。
やはり、本物の親には敵いませんね。
そして今、エドワード様はご自身の大好きなお菓子まで断って、シャーロット殿下に相応しい自分になろうと努力しておいでです。
私としましては、もうこの時点でシャーロット殿下に相応しいのですが、シャーロット殿下は何が不満なのでしょうね?
「こほん」
話を戻しましょう。
私にはエドワード様から託されたことがあるのですから。
私は右手の親指と人差し指で丸を作ると、口に咥えました。そして、一気に胸が空っぽになるほど息を吐きます。
生まれるのは、常人では聞き取れないほどの高音。
そして、しばらく待つと、六人のメイドたちが姿を現しました。皆、十代後半の若い子たちです。私が手ずから鍛え上げた戦闘メイドたち。正式名称、オールディス侯爵家諜報機関『六華』のメンバーたちです。
普段はアルマとバーバラを除いて、一般メイドとしてオールディス侯爵家で働いています。
「カーラ様、全員揃いました」
「今はただのカーラでけっこうです、アルマ」
「はっ!」
「皆に集まってもらったのは他でもありません。皆もエドワード様への使用人たちの悪感情を知っていますね? 今日はそれを破壊します」
「よろしいでしょうか?」
手を上げたのは一番小柄なフィオナでした。
「何でしょう、フィオナ?」
「使用人たちのエドワード様への悪感情を壊すのは簡単です。ですが、また悪感情を持つのも簡単です。エドワード様はもういたずらをしないとお考えなのですか?」
心配性なフィオナらしい心配ですね。
ですが――――!
「私は確信を持って宣言いたします。エドワード様はもういたずらをしません。それどころか――――。いえ、他に質問はありますか?」
「ありません!」
「よろしい。では、今回はこのお菓子を使います。このお菓子はエドワード様から使用人への下げ渡しです。これを有効に使いなさい。以上です。かかれ」
その瞬間、『六華』のメンバーの姿が目の前から消えました。
これで、今をもって屋敷からエドワード様の悪評は消えることになるでしょう。
それくらいは『六華』のメンバーを信頼しています。
私はエドワード様を思います。
一度は絶望し、道を踏み外したエドワード様。
ですが、ご両親の温かな愛に触れ、ご自分で更生なさったエドワード様。
一度絶望を知ったエドワード様は、これから大きく成長することでしょう。
そして、エドワード様の持つ王族の魔法を打ち破るほどの魔力。
しかし、王国に忍び寄る不穏な影……。
「エドワード様の行く先に幸多からんことを」
私はそう願わずにはいられませんでした。
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