第37話 作戦開始前②
アザミさんの手を引きながら広場へ戻ると、待機していた三人の視線が一斉に私とアザミさんを射抜きました。
「おっそーい。ボクたち、このまま置いてけぼりにされるかと思ったよぉ」
「すみません、お待たせしてしまって。――作戦開始までまだ少し時間があるので、みんなで食事でもどうでしょうか」
私の提案に、アビゲイルさんは興味なさそうに瞬きをし、フェイトちゃんは腕に抱きついて「お姉ちゃんと一緒ならどこでもいいー」と無邪気に笑います。
ベラさんは、「お食事? いいねぇ、いこっか~」と応じながら、なぜかアザミさんの背後に控える男たちへ、ねっとりとした視線を送っていました。
***
ルーテシア領の裏通りにある酒場。
数時間後に迫る魔族の大群との死闘を前に、店内は異様な熱気に包まれています。
大声で笑う者、机に突っ伏して祈る者、ひたすらに肉を貪る者――皆、それぞれの方法で恐怖を胃袋へ押し込もうとしているようです。
案内された店の隅の大きな円卓。二つのパーティ、合計八人で囲むにはいささか窮屈な状況の中、フェイトちゃんは当然のように私の膝の上へ陣取っています。
「えっと……二人は、その……どういう関係なの、かな?」
アザミさんが、木のジョッキに口をつけながら、私の膝の上で寛ぐフェイトちゃんをまじまじと見つめました。
フェイトちゃんはニコニコしながら得意げに胸を張ります。
「妹なの!」
「あ、そうなんだ。血の繋がりは……なさそうだけど」
「わたしがお姉ちゃんの妹って決めたから、妹なの! 文句ある?」
「あはは……全然ないよ」
アザミさんは苦笑いして引き下がりました。
私はこの状態でどうやって食事をとるべきかと考えつつ、ふと気になったことを口にします。
「そういえば、アザミさん。先ほどの広場で、私たちが新設クランだとどうして分かったんですか?」
「あ、うん。それはね……」
アザミさんはジョッキを一口煽り、少しだけ緊張を解くように息を吐き出しました。
「マリーちゃんが持っていた、クラン設立許可書が見えたから。あれって、手続きが終わったばかりで、まだ正式なクランバッジが作成されてない新設クランの証明なんだ。だから、新しくできたばかりなんだなって」
「そういうことだったのですね。ありがとうございます」
「バッジに描く模様、考えたの?」
「模様ですか……?」
その時、突然ベラさんが身を乗り出し、甘ったるい声でアザミさんの仲間たちへ絡み始めました。
「ねぇねぇ、お兄さんたちはどれくらい冒険者やってるのぉ~? なんで女の子のアザミちゃんと一緒にいるのぉ~? それに、なんでこんな死にに行くような依頼受けちゃったのかなぁ?」
立て続けの質問攻め。
三人の男たちは、ベラさんに上目遣いで見つめられ、どこか居心地が悪そうにしながらも口を開きます。
「あー、俺たちは……もう8年くらいか? ずっとこのルーテシアで育って、四人は幼馴染なんだよ」
「そうそう。アザミが魔法使いになるって言うから、俺たちが前衛で守ってやろうってな」
「今回の依頼も、故郷の街を見捨てるわけにはいかねぇから……」
照れくさそうに、けれど誇らしげに語る男たち。ベラさんは「ふぅん」と相槌を打って聞いています。
しかし、その瞳からは先ほどまでの愛嬌が綺麗に消え失せていました。完全に興味を失っているにもかかわらず、口元だけは薄く歪んでいます。
「そっかぁ~、みんな幼馴染なんだねぇ。素敵だねぇ〜」
ベラさんは立ち上がると、トテトテと男たちの席へ歩み寄りました。
「たくさん食べて、しっかり体力つけなきゃダメだよぉ? はい、あーん」
彼女が自分のフォークで刺した肉の塊を口元へ運ぶと、トゥーランさんは気恥ずかしそうに顔を赤らめました。
「あ、ああ、わりぃな……」
肉を咀嚼する男を見て、ベラさんは肩を震わせて笑っています。
(……ベラさん、倫理観は感じられませんが、ムードメーカーとしての立ち回りは素晴らしいですね)
私は彼らの和やかな交流を見て、ウンウンと一人で頷いていました。
ふと気づけば、アザミさんの視線がずっとアビゲイルさんに釘付けになっていました。
無気力にスープをかき混ぜているアビゲイルさんの黒髪と、底なし沼のような黒い瞳。アザミさんは、何かを思い出すように眉間を寄せ、ハッとした表情をしました。
「も、もしかして……アビゲイルって……アビゲイル・モディカさん、ですか!?」
突然の大きな声に、周囲の冒険者たちが何事かと振り返ります。
アビゲイルさんはスプーンを止め、ゆっくりと顔を上げました。
「……えっ?あ……うん。」
驚きと気だるげな肯定。
アザミさんはガタッと席を立ち、両手をテーブルについて身を乗り出しました。
「やっぱり! わたし、ずっと本や資料で読んでました! !魔法使いを目指す者なら、誰もが一度は憧れる伝説の魔女……!」
興奮のあまり早口になるアザミさんを前に、アビゲイルさんは居心地が悪そうに視線を泳がせ、私に助けを求めるような表情をしています。
「……むり。そういうの、よくわかんない。マリー……この人うるさい」
(人見知りの子供のような反応ですね……)
「アザミさん、アビゲイルさんは少し人見知りでして……」
「あっ、ご、ごめんなさい! つい興奮しちゃって……!」
アザミさんが慌てて席に座り直すと、隣にいたベラさんが意地悪く唇を歪めています。
「あははっ! こんな陰湿で引きこもりみたいな魔女が伝説なんてねぇ~!アビィに憧れてるなんて、アザミちゃんも変わってるぅ~」
「そ……そうかな? アビゲイルさんの魔法は、どれも芸術的だと思うけどなぁ」
アザミさんが抗議の声を上げる中、私の膝の上にいたフェイトちゃんが、退屈そうに大きく欠伸をしました。
「あー、なんか飽きちゃったー」
そう言うなり、フェイトちゃんは私の膝の上でぐるりと向きを変えてきます。
私と向かい合う形になり、彼女は私の胸元に顔を深く埋めてきました。
「ちょっと、フェイトちゃん? お行儀が悪いですよ」
「んー……お姉ちゃん、いい匂い」
金髪の頭頂部が顎の下で擦れ、微かなくすぐったさを感じます。
(子供は眠くなると甘えたがるもの、ということですかね)
「……マリーちゃん」
呼ばれて顔を向けると、いつの間にかアザミさんが近くに身を寄せていました。
酒場の雰囲気にあてられたのか、アザミさんの頬は赤く火照り、潤んだ桜色の瞳が、私のことを見つめてきます。
「さっきは……その、ありがとう。マリーちゃんがいなかったら、わたし、きっとあのまま逃げ出してた」
アザミさんの指先が、テーブルの上に出していた私の手の甲に、そっと触れてきます。
「マリーちゃんって……すごく不思議。会ったばかりなのに、すごく安心するの」
彼女の指が、私の指の隙間を滑り、絡みつくようにゆっくりと動いてきます。
「アザミさんも、少し落ち着かれたようで良かったです。みんなで協力して、必ず生きて帰りましょうね」
「うん……。あのね、マリーちゃん」
アザミさんの顔がさらに近づいてくると、彼女の呼吸がわずかに荒くなっているのが伝わってきました。
「わたし、この作戦が終わっても……マリーちゃんと一緒にいたいな……だから、これからも仲良くしてね?」
私の指に絡められた彼女の手の力が、じわりと強くなります。
「もちろんですよ」
私は、頼れる先輩冒険者との人脈ができたことを純粋に喜び、迷いなく頷きました。
私自身も、どこかアザミさんに対して不思議な安心感を抱いていたからです。
「ありがとう、マリーちゃん――あっ、そういえば……マリーちゃんたちのクランの名前……なんていうの?」
私は、繋がれた手から伝わるアザミさんの異様な体温を感じながら、ゆっくりと口を開きました。




