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第35話 状況は芳しくないようです

 張り詰めていた空気が、彼女の言葉でふっと緩みました。


「フォローしていただき、本当にありがとうございます。私はシスターのマリーと申します。そして、こちらが私の大切なパーティーメンバーでして……」


 私は背後で、男たちを灰にしようと腕を上げかけていたアビゲイルさんの手をそっと下ろしました。

 そして隣のベラさんとフェイトちゃんを手で示します。


「アビゲイルさんと、ベラドンナさん。それに、フェイトちゃんです」

「えへへ、ボクはベラ! よろしくねぇ〜。……でもねぇ~」


 ベラさんは彼女の耳元へ顔を寄せ、甘い声で囁きます。

「ボクたちの邪魔はしないでね……」


 彼女は、ベラさんの発言もどこ吹く風で、嫌な顔ひとつせず陽だまりのような笑顔を向けてくれました。


「ふふっ。私はアザミ。アザミ・エフェメラだよ。魔法使いをしてるの」

 彼女はそう言って、背後に控えていた三人の冒険者を振り返りました。


「こっちの大きな剣を持ってるのがトゥーラン。レンジャーのシロッコに、盾役のシャランだよ」

 屈強ですがどこか人の良さそうな三人が、「さっきはごめんな」と気まずそうに会釈をしてくれました。


 アザミさんは、申し訳なさそうに眉尻を下げ、両手を胸の前で合わせています。

「さっきは、トゥーランがごめんなさい。彼、バカにしてたわけじゃないの。ただ……今まで、自分の実力もわからずに無茶をして、死んでいった人たちをたくさん見てきたから。マリーちゃんたちみたいに可愛い女の子ばかりだと、どうしても心配になっちゃったみたいで」


 彼女の桜色の瞳は、純粋な思いやりに満ちていました。

 誰かの命が失われることを心から悲しみ、そのひたむきな姿は、まさに私が理想とする聖女そのものでした。


「お気遣い、本当にありがとうございます」


 私はアザミさんの両手をそっと包み込みます。

「皆さんの優しさ、しっかりと受け止めました……誰一人欠けることなく、みんなで笑って帰りましょうね」


 私が心からの笑顔を向けると、アザミさんはパッと顔を輝かせ、「うんっ!」と強く頷き返してくれました。



 ***



 女性の指揮官が壇上に立ち、今回の魔族討伐作戦のブリーフィングが始まりました。


 「冒険者諸君――身辺整理と遺書は済ませたな?」


 壇上の女性は、おはようの挨拶より軽くそう言い放ちました。

 広場に集まった冒険者全員が、息をするのすら忘れています。


 この沈黙を肯定を捉えたのか、女性がパチンッと指を鳴らすと、広場の中央に青白い立体マップが浮かび上がりました。

 マップ上の北西の谷に光っていた味方のマーカーと思われる陣地が、赤黒いノイズに飲み込まれフッ、と消えた映像が映し出されています。


「朝方、○四一五頃だ。……第三・第七大隊が全滅した」

「……は?」


 誰かが漏らした間抜けな声が、響きます。


 「敵の先陣は重装オークの密集陣。後ろには戦術魔導大隊のおまけ付きときた。奴ら、一直線にこのルーテシアを轢き殺しに来る予想だ。」


 女性が足元の木箱を蹴り飛ばすと、中から半分ドロドロに溶け落ちた兜がでてきました。

 強烈な酸と腐敗臭がします。


「魔族がバラ撒く呪毒だ。吸えば肺が焼け、触れれば肉が溶ける」

 女性の表情は、歪に笑っています。


「治癒士の浄化が三分遅れれば、諸君らは骨になるから気をつけろ。──やつらの到達は〇六〇〇と予想されている。それまでにしっかりもてなすぞ。前衛はフェルドモルト渓谷で防衛しろ」


 女性は容赦なく続けます。

「後退は許さん。敵を渓谷に詰まらせろ。消耗し始めた頃合いで、崖上から魔導士中隊が谷底ごと魔法をぶち込む」


(谷底ごと……?前衛ごと吹き飛ばす気なのでしょうか)


 「脳の血管が千切れるまで撃ち続けろ。魔族の陣形が崩れたら、遊撃隊が魔導大隊と指揮官の首を取る。推定時間までに間に合わなければ、全員仲良くあの世行きだ」


 女性は言葉を切り、後方の天幕を指差します。


「治癒士たち。分かっているとは思うが、腕や脚が飛んだだけの奴に魔力を使うな」

「なっ……!?」

「魔力は、治せばすぐに剣を握れる奴にだけ使え。死にかけの肉塊は端に寄せておけ。邪魔だからな」


 あまりにも非情な言葉です。

 ですが、その瞳の奥には狂気じみた執念が燃えているように感じます。


「我々の後ろには何がある?……友人、家族、恋人──それは守るべき市民だ」

 女性は剣を抜き放ち、空へと突き上げています。


「我々が崩れれば、無力な市民たちは肉を溶かされ、生きたまま全員食われるだろう。──命を惜しむな!泥水を啜ってでもフェルドモルトを死守しろ!」

 静寂。


 そして――。

 「「「うおおおおぉぉぉぉっ!!」」」


 冒険者たちは叫んでいます。

 死の恐怖を、絶望を、無理やり抑え込むために。



 ***



 ブリーフィングが解散となる中、私の右隣に立つベラさんが、退屈そうに欠伸を噛み殺していました。


「前衛の人たちをさ~こっそり支配して、死ぬまで笑って魔族を殴り続ける最強の肉壁を用意したほうがいいかなぁ~?」

 

 小声で、極めて悪魔的な提案してくるベラさん。

「そんなことがばれたら私たちどうなるんですか……」


 今度はフェイトちゃんが、ルビーの瞳をキラキラと輝かせて見上げてきました。

「ねえねえお姉ちゃん! 敵がいっぱい来るんでしょ? だったら、わたしがまとめて真っ二つにしてくるよっ!」

「フェイトちゃん、もし味方まで巻き込んでしまったら、私たちが討伐対象になってしまいます。……それに、私は治癒士として、自分の役割をしっかりと果たしたいのです」


 私がフェイトちゃんの頭を撫でて諭すと、彼女は「お姉ちゃんに証明しないとかぁー」と少し不満げに頬を膨らませました。


「……私も、やれること頑張るね、マリー」

「アビゲイルさん……頼りにしていますね」

 アビゲイルさんの成長に涙が出そうです。


 そんなやり取りをしている最中、ツン、と修道服の袖を引かれました。

 振り返ると、そこにはアザミさんが立っていました。

 ピンク色の髪が、うつむき加減の顔に影を落としています。

 彼女の華奢な肩が、微かに、本当に微かに震えているのがわかりました。


「マリーちゃん……」


 アザミさんの瞳が、揺れています。


「少し、二人きりで話したいことがあるの」


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