第34話 クラン初クエストです
手元にある真新しい羊皮紙には、ギルドの認可印が押されています。
『クラン設立許可証』
資金ゼロ、実績ゼロのスタートアップとはいえ、今日から私たちはれっきとした正規クランというわけです。
「ねぇマリー、クラン設立、おめでとぉ〜」
背後から甘くまとわりつくような声がします。
振り返ると、ベラさんがギルドの掲示板から引っこ抜いてきたであろう依頼書を、私の鼻先でひらひらと揺らしています。
「せっかくだしぃ、初仕事はスタンピードの対応なんてどうかな?」
「……はい?」
「マリーなら、苦しんでる人を見捨てられないって思うんだよねぇ」
「ベラ……マリーを、死地に送る気……?」
地を這うようなアビゲイルさんの声が響きます。
「アビィ〜! ボクのこと名前で呼んでくれたんだねぇ! 平気平気、ボクたちがいるじゃんねぇ~」
どうやら私に拒否権はないようです。
しかし、彼女の言う通り、人が死ぬかもしれない事態を放置することはできません。
(それにしても、二人ともすっかり打ち解けて名前で呼び合う仲になったのですね)
ギルドマスターと会談中のアンナさんに『ルーテシアに行ってきます。お土産買いますね』と走り書きを残し、私たちは慌ただしくギルドを後にしました。
***
「クランの肩書だけで、ここまで待遇が変わるんですか……」
用意された黒塗りの高級馬車。振動を殺す魔石サスペンション付きの座席に腰を下ろした直後でした。
「おねーちゃんっ!」
コツコツと靴音を鳴らして乗り込んできたフェイトちゃんが、一切の躊躇なく私の膝の上に座ってきます。
「えっ、ちょ、フェイトちゃん?」
「姉妹はねっ! こういう座り方するのが普通でしょー!」
後頭部を私の胸にぐりぐりと押し付け、上目遣いで笑っています。
修道服越しに伝わる子供特有の高い体温と、甘い匂い。
私は戸惑いながらも、その柔らかな金髪をそっと撫でます。
(妹がいたら、こんな感じなんでしょうか……?)
隣に座るアビゲイルさんから視線を感じたため横を向くと、瞳孔が限界まで開き、膝の上のフェイトちゃんを射殺さんばかりに睨みつけているではないですか。
彼女の透き通るような白い肌から黒い瘴気が溢れ出し、馬車の窓ガラスに蜘蛛の巣状のヒビが走り始めます。
「あはっ!」
向かいの席で、ベラさんが笑い出しました。
「いいじゃんいいじゃん! ジメジメした魔女より、無邪気な妹の方が可愛いに決まってるもんねぇ? アビィはお呼びじゃないってさぁ!」
ベラさんの凶悪な煽りを受け、瘴気の濃度が跳ね上がってきます。
「みなさん落ち着いてください……」
このままでは戦場に着く前に馬車が灰になってしまいます。
私は咳払いをして空気を強制的にリセットさせます。
「これから私たちは一つのチームです。……今更ですが、陣形と役割の確認をしましょう! ……まずはアビゲイルさん。得意な戦法は?」
「……マリーが望むなら。視界に入るもの全部、消してあげる。ルーテシア領ごと」
私の首筋に顔を埋め、すうっと息を吸い込みながら物騒極まりないことを言ってます。
(広域殲滅魔法。味方巻き込みの危険大、と)
「次、ベラさん」
「ボク? 敵の脳みそいじって同士討ちさせたり、絶望見せながら死なせるのが得意かなぁ。あっ!ちゃ~んと、味方にも効くから安心してねぇ~!」
(相変わらず倫理観を感じさせない精神支配ですね。味方への被害要注意、と)
「……フェイトちゃんは?」
「わたしはね!」
膝の上でパッと花が咲くような笑顔を見せ、手で虚空をスパンッと薙ぎ払っています。
「自分の血で、おっきな鎌を作ってー、悪いやつをぐちゃぐちゃにするの!」
(物理特化のバーサーカー。自傷ダメージあり……と)
そして私。戦闘能力皆無のヒーラー。
脳内で陣形図を組み立ててみます。
後衛アタッカー、後衛デバッファー、特攻バーサーカー、最後尾ヒーラー。
……あれ?
前線を維持して敵の攻撃を受け止めるタンクが、いない。
冷静に戦況をコントロールする指揮官も、いない。
アビゲイルさんは私の指示以外聞かなさそうで暴走の危険大。ベラさんは愉快犯で味方すらデバフに巻き込みかねない。フェイトちゃんは猪突猛進の脳筋。
(これ、敵の攻撃が全部私に抜けてくるのでは……?)
胃が痛むような思いです。
窓の外では、同じようにルーテシア領へ急ぐ冒険者であろう馬車が何台も砂埃を上げていました。
***
日が傾きかけた頃、ルーテシアの領都に到着しました。
案内された冒険者用の広場。クラン証を提示して待合スペースの隅に陣取った途端、周囲から遠慮のない視線が突き刺さります。
「おいおい……冗談だろ」
筋骨隆々の大男が、これ見よがしなため息をついて立ち塞がってきます。
「悪いことは言わねえ。ここは遊び場じゃねえんだ。お嬢ちゃんたちだけで命を落とす前に、帰った方が――」
「冗談キツイぜ。お前らみたいな小娘が前線に出たって、肉壁にもならねぇんだよ」
取り巻きの男たちが下品な笑い声を上げています。
(新人冒険者への洗礼。お局さんのようなものでしょうか……)
私が適当に受け流そうとした、その瞬間でした。
私の左腕に絡みついていたアビゲイルさんの黒髪が、重力を無視して蠢き、右腕を抱きしめるフェイトちゃんの瞳から、一切の感情と光が消え失せました。
一触即発。
このお局さんが物理的に消されてしまう、そんな状況。
「もう、やめなよー」
凍りついた空気を、柔らかい声が割ってきました。
大男の背後からひょっこり顔を出したのは、ピンク色の髪をした魔法使い風の女性です。
「わざわざクラン作ってここまで来たんだもん。きっと、それだけすごい実力があるんだと思うなー」
彼女は男の腕を引きながら、私に向かってパチンとウインクを飛ばしています。
「だから、怖がらせちゃだめだよ? ね、同じ冒険者同士、仲良くしようよ」




