第33話 クラン設立です2
クラン設立申請書を前に、私は深いため息を吐き出しました。
「クラン名、ですか……」
名称決定は、今後のブランディングを左右する最重要課題です。
適当な名前をつけて、後から『あのクラン名はダサい』などと不名誉なレッテルを貼られてしまえば、今後の活動に支障をきたします。
「……ティナマリー。これが、いい」
アビゲイルさんが、どこかドヤッとした表情で、ぼそりと呟きました。
「私の名前をもじってくれたんですか?少し気恥ずかしいですね」
「じゃあさぁ、ボクの名前から取って『べらふぇる』なんてどう? すっごく可愛くて、みんなメロメロになっちゃう響きじゃないかなぁ?」
「とても可愛らしい名前ですが、他のメンバーの存在感が消えてしまいますね……」
「わたしね! お姉ちゃんとわたしの『百合シスターズ』っていう意味で、『ユリシーズ』がいいと思うの!」
「フェイトちゃん……私たちだけのクランじゃないんですよ」
私はこめかみを指で揉みほぐしながら、脳内の引き出しをひっくり返します。
メンバーの帰属意識を高め、かつ対外的なイメージも良い名称。
「……『FABRA』というのはどうでしょうか」
「ふぁぶら?」
フェイトちゃんが小首を傾げます。
「はい。皆様の頭文字を使っているんです。Fは私のフォルトゥナ、Aはアビゲイルさん、Bはベラさん、RはフェイトちゃんのロマリーのR。そして……最後のAは」
私は視線を上げ、アンナさんに微笑みます。
「アンナさん、です。日頃の感謝も込めて、お名前を入れさせていただきました」
私がそう告げた瞬間、アンナさんの瞳孔が異常なほど拡大し、どこか熱を帯びた呼吸をしています。
「私、の……名前が……」
アンナさんは私のすぐ隣に立ち、甘い香水と、汗の匂いが鼻を掠めました。
「マリーちゃんと……ずっと、一緒……?」
「はい。私たちは同じ物語を紡ぐ仲間ですから。あ、込めた意味は、みんなで一緒に物語を作るという意味です」
「マリーちゃんのクランに、私の名前……ああ……どうしよう……私、マリーちゃんの物語の一部になれるのね……」
アンナさんの唇が、私の耳たぶに触れそうな距離まで迫りました。
熱い吐息が、鼓膜を直接撫で上げます。
「マリーちゃん……これからも、よろしくね……」
「ちょっとアンナぁ?顔近すぎ~。」
スッ、と。
ベラさんが、アンナさんの額を容赦なく押し返しました。
「……チッ」
アンナさんは舌打ちをして私から離れると、何事もなかったかのようにシワの寄った制服のスカートを整えました。しかし、その頬は異常なほど紅潮し、口元はだらしなく緩んだままです。
「……ああそうだ、マリーちゃん。クエストの受注制限については覚えてるわよね?」
「はい。ランクに応じて、ですよね」
「ええ、そう。クランの場合はちょっと違ってね。クランメンバーの上限ギルドランクに準じて、クラン単位で受けられるクエストの難易度も変わるの。だから……」
彼女の視線が、刃物のように鋭く、流し目でベラさんを射抜きます。
「今の状態ならある程度のクエストは受けられるけど、変なクエストや、無理してお金を稼ぎに行こうなんて絶対にしないでね。危ない橋を渡るような真似は、お願いだからしないでちょうだい」
念を押すようなその言葉に、私は深く頷きました。
「さあ、書類の記入が終わったなら、ギルドマスターのところへ行くわよ。ギルドは公的な組織だから、クラン設立にはマスターの認可が必要なの」
アンナさんに先導され、私たちはギルドの奥深く、地下へと続く薄暗い階段を下りていきました。
扉の前で、アンナさんが短くノックをします。
「どうぞ」
扉の向こうから響いたのは、どこか優しい声音です。
アンナさんが扉を開け、私たちは執務室の中へと足を踏み入れました。
部屋の中央には、白髪交じりの初老の男性が座っています。
片眼鏡の奥の鋭い瞳が、私たち四人を値踏みするようにゆっくりと舐め回します。
「初めまして。ギルドマスターのジェードと申します。話は聞いていますが……新人冒険者がクラン設立とは、随分と気の早い話ですね」
静かな、しかし確かな圧力のある声。
社長直々の最終面接に挑んだ時の、あの胃がキリキリと締め付けられる感覚が蘇ります。
私は姿勢を正し、両手を体の前で綺麗に重ねて、完璧な角度でお辞儀をしました。
「お初にお目にかかります。私、マリー・フォルティナと申します。本日はお忙しい中、お時間をいただき誠にありがとうございます」
私は顔を上げ、緊張で少し強張る頬の筋肉を気合で引き上げながら、背後に立つ三人へ手で示しました。
「こちらが、クラン設立の初期メンバーとなります。アビゲイルさん、ベラドンナさん、そしてフェイトさんです」
ジェードさんの視線が、三人を順番に捉えます。
彼の眉間には、すでに深い皺が刻み込まれていました。
「……ふむ。それで? あなたたちは、クランを作った上で、どのような活動をしていきたいのか。その目的を聞かせてもらいましょうか」
ジュードさんが指を組み、私を真っ直ぐに見据えました。
面接の定番、志望動機と今後のビジョンですね。
私は用意していた言葉を、自信を持って紡ぎ出します。
「はい。クラン名である『FABRA』には、御伽噺という意味を込めております。私たちのひとつひとつの活動や小さな行動が、いつかこの世界にとって良い結果をもたらす……そんな、誰かに語り継がれるような優しい物語を作るために、頑張っていきたいと考えております」
私は胸に手を当て、ニコニコと最高の営業スマイルを浮かべました。
「はぁぁ……っ、マリーちゃん……尊い……っ」
ジュードさんの斜め後ろに立っていたアンナさんが、両手で顔を覆い、荒い息を吐きながら身悶えしています。
ジュードはそんなアンナさんを完全に無視し、「……わかりました」と、微かに口角を上げました。
そして、彼の視線が、私から背後の三人へとスライドします。
「では、他の三人に聞きましょう。あなたたちは、どういう目的でマリーさんと共にこのクランを作り上げるのですか?」
沈黙。
最初に口を開いたのは、アビゲイルさんでした。
「……目的、ない。マリーがいるなら、そこに一緒にいる。それだけ」
「えへへぇ、ボクはねぇ」
ベラさんはニコニコしながら、ジュードさんに向かって悪びれもなく舌を出しました。
「最高の暇つぶし、かなぁ?だぁ~って、こんなに最高に狂ってて面白いおもちゃ、他にないもん。マリーがどんな風に壊れていくのか、ずーっと観察してたいんだよねぇっ」
小悪魔的な笑顔の裏に隠された、悪意と愉快犯としての歪な渇望。人を煙に巻くような生意気な態度は、全く理解不能です。
「わたしね! わたしはね!」
最後に、フェイトさんがぴょんぴょんと飛び跳ねながら、純真無垢な瞳を細めました。
「わたしが一番、お姉ちゃんを幸せにできるの! だって、わたしならお姉ちゃんのこと、守ってあげられるもん! そのために一緒にいるのっ!!」
「……」
ジュードさんは、机の上で組んだ両手の親指で、自分のこめかみをグリグリと強く押し込んでいます。
(皆さん、相変わらず素直にお話しされますね……)
私は冷や汗をかきながら、慌ててフォローを入れようと口を開きかけました。
ジュードさんは深々と、これ以上ないほど重い溜息を吐き出しました。
そして、引き出しからギルドマスターの印章を取り出すと、インクをたっぷりつけ、申請書にドンッと乱暴に押印してくれました。




