第32話 クラン設立です
フェイトさんの不憫なギルドカードを見た後、ふと周りを見ました。
情緒不安定で周りを灰にするアビゲイルさん。
天使のような見た目に反して倫理観ゼロの精神支配者であるベラドンナさん。
ちょっと頭の様子がおかしい残念な少女のフェイトさん。
絵に描いたような、極端な人材の寄せ集めです。
(……これは非常に危険な兆候ですね)
急激な人員拡大。これから成長していく段階の企業において最もよくある崩壊の引き金です。
明確な企業理念や行動規範の浸透なしに、個の能力だけで寄せ集められたチーム。
きっと内部から瓦解します。そうやって内部が崩壊していたチームや部署を山ほど見てきました。
「皆さん、少しよろしいでしょうか」
私は姿勢を正して、三人それぞれに目を合わせます。
三人の視線が一斉に私に突き刺さります。
「私たちのパーティも、これで四人の大所帯となりました。そこで、チームとして円滑に業務……いえ、活動を進めるための決まり事を定めたいと思います」
「……えっ……このチビ、仲間になったの……?」
アビゲイルさんはフェイトさんが仲間になった事実に驚いています。
「え~? ルールとか、すっごく息苦しいんだけどなぁ。ボクに一番無縁じゃんねぇ~」
ベラさんは口にヘアゴムを咥えながら。薄水色の髪をポニーテールにまとめようとしながら、瞳を細めました。
そして、正面のフェイトさんが、バンッ!と両手でテーブルを叩きました。
(この子は物を叩くのが好きなんでしょうか……)
「わたしもやだ! ルールなんていらないもん!お姉ちゃんを縛るのならいいけど私が縛られるのは違うっ! 」
フェイトさんの瞳が、極限まで見開かれています。
子供のような無邪気な声の裏に、純度百パーセントのわがままがあふれ出ています。
(これはまた……協調性に難あり、典型的なワンマンプレイヤー気質ですね。そういう人が売れるのが営業の世界ではありましたが……)
しかし、こんなことで怯んでいては大人の女性として恥ずかしいです。
私は、顔の筋肉を最も柔らかくし、フェイトさんの目線を真っ直ぐに捉えました。
「フェイトさん……いいえ、フェイト」
「……っ!……なに、お姉ちゃん?」
「これは、私からの……お姉ちゃんからのお願いなんです。聞いて、もらえませんか?」
首をわずかに傾げ、上目遣いで、声のトーンを半音だけ下げる。
フェイトさんの瞳がグルグルと円を描くように回っています。
彼女の白い頬が、カッと沸騰したように朱に染まり、開いた口からハッ、ハッと過呼吸のような息が漏れ出します。
「お、お姉ちゃんからの、お願い……っ!」
フェイトさんの視線が激しく泳ぎ、やがて、私の顔にビターンと張り付いてきました。
「きく! わたし、おねえちゃんの言うことぜったい聞く! おねえちゃんがルール守れって言うなら、ルール破ったやつの脊柱引き抜く!!」
「ふふっ、ありがとうございます。後半は物騒なのでやめてくださいね」
(中学生くらいの子は扱いやすくていいですね)
私は満足げに頷き、今ぱっと思いついた行動規範を口頭で伝えました。
「これが、私たちの『行動規範五箇条』です」
一、仲間内で決して争わないこと。
二、他者に迷惑をかけないこと。
三、報・連・相を徹底すること。
四、常に誰かのためになる善行を積み、社会貢献に努めること。
五、全員が笑顔でいられる、安全で平和な環境を目指すこと。
私が読み上げると、三人がそれぞれ口に出してきました。
「マリーが望むなら、私頑張るね……」
アビゲイルさんに続き、ベラさんもしゃべりますが、ベラさんは両手で顔を覆い、肩を震わせて笑いを堪えていました。
「最っ高っ。本当に最高だよぉ~マリー。どこまでも純粋で、吐き気がする善意。ボク、頭がおかしくなりそうだよ〜」
指の隙間から覗くイエローの瞳が、細く収縮し、私を見つめてきます。
「あははっ! 」
フェイトさんが、無邪気に手を叩いて喜びました。
「お姉ちゃんのため、だけに!わたし頑張るねっ!!」
「…………」
(……皆さんちゃんと理解していただけたのでしょうか……)
私は、彼女たちの言葉の裏にある真意に気づくことなく話を進めます。
「皆さん、ご理解いただけたようでうれしいです。これからもよろしくお願いしますね。」
「ねぇねぇ、マリー!」
フェイトさんが突然身を乗り出し、私の鼻先数センチまで顔を近づけてきました。
「わたし、ルール守るから! だから、この陰湿な2人を今すぐ縦に真っ二つにして、半分ずつ縫い合わせよっ!!それで、わたしとおねえちゃんだけのパーティにしよ?」
(この子は……ほんっとうに賢さというのが足りないみたいですね……)
「はぁい~~? 誰が陰湿だって?アビィならまだしも、ボクは違うじゃんねぇ〜!」
ベラさんの完璧な笑顔がひび割れ、指先から甘く、脳を溶かすような香りの魔力が立ち昇ります。
「脳筋ちゃんのさぁ~、その空っぽの頭ん中めちゃくちゃにして、床をお姉ちゃんだと思い込ませて一生舐め続けさせてあげようかぁ?」
「……もう……限界」
アビゲイルさんの足元から、黒い瘴気が漏れ出し床が腐食し始めます。
「チビも、毒物も、二人とも灰になれば静かになる。……マリー、ここちょっと、汚れるけどいい?」
「ルールの一つ目を早速破らないでください皆さん……」
私がげんなりとしているところにアンナさんが現れました。
「――お待たせ。マリーちゃん」
カチャリ、と。
私たちのテーブルに、冷たい氷の入ったグラスが四つ、置かれました。
アンナさんは、いつもの朗らかな表情を顔に貼り付けていましたが、前髪の隙間から覗く瞳は、アビゲイルさん、ベラさん、そしてフェイトさんを、ゴミ以下の汚物を見るような暗く冷たい光で射抜いています。
「あんたたち、ずいぶんと……活発な意見交換をしているみたいね」
アンナさんの声のトーンが、ねっとりとした湿度を帯びていました。
「ねえ、マリーちゃん。四人も集まったことだし、いっそのことクランを設立してみない?」
「え、クラン、ですか?」
「ええ。ギルド公認の正式な組織よ」
アンナさんは、私の髪の毛にそっと触れ、愛おしそうに指に絡めながら囁きました。
「クランを設立すれば、ギルドからの公的な保護が受けられるわ。税金の優遇もあるし、何より、何かトラブルがあった時に、ギルドの法的な権限を使って全力で守ってあげられる」
アンナさんの瞳がドロドロと揺らめきました。
(クラン設立…… つまり、法人登記ですね! 節税対策にもなるし、社会的信用も得られる。素晴らしい提案です!)
「それ、すごくいいですね! クラン、作りましょう!」
私が身を乗り出して賛同すると、三人の反応はそれぞれでした。
「クラン……? 家族みたいなもの? わたしがおねえちゃんの妹として、法的にも認められるってこと!?」
フェイトさんのルビーの瞳が狂気的に渦巻いています。
「マリーのクラン。マリーのもの……私がマリーのものになるということ……つまり恋人……?」
アビゲイルさんは、ひどく虚ろな目で、突拍子もない発言をしています。
「ボクはどっちでもいいけど、面白そうだから賛成してあげる~」
ベラさんは、アンナさんの底暗い執着に気づいているのか、面白そうに唇を舐めました。
「ふふっ、満場一致ですね」
私は胸の前で手を合わせ、期待に胸を膨らませました。
法人登記。代表取締役は私でしょうか。なんだか、前世で果たせなかったキャリアアップの夢が、異世界で叶おうとしています。
「よかったわ、マリーちゃん」
アンナさんは私の肩に手を置き、その指先を私の首筋に滑らせながら、甘く重たい声で囁きました。
「それじゃあ、次は……私たちがずっと一緒にいられるための、大事なクラン名を考えましょうか……」




