第31.1話 フェイト視点
「ん……う~ん……」
(あれ、わたし生きているんだ。あのいけ好かない男にハメられて死ぬのを待つだけだったのに)
体にも傷一つない状態だ。
そんなことあるのか。
意識が飛ぶ前のことを思い出さないと。
(……あ)
薄れゆく意識の中で、わたしの冷たい頬を包み込んでくれた、小さな両手の感触。
わたしの体から流れる血溜まりに躊躇いもなく膝をつき、祈るように私の傷口に治療をした修道服のお姉ちゃん。
「あはっ……!!」
熱い。
胸の奥で、ドクンドクンと心臓が跳ねてるのがわかる。
あの時の修道服を着たお姉ちゃんがわたしを助けてくれたんだ。
(瀕死のわたしを助けたってことは、血で混ざり合ったってことかなっ!つまり、わたしとあのお姉ちゃんは家族。そう、姉妹なんだっ!!)
あのお姉ちゃんを探さないと。
(こんなとこにいる場合じゃない!でも、ここはどこだろう)
階段を一段飛ばしで駆け降りて、ロビーに出る。
カウンターに座っていた受付の女に、わたしはとびきり可愛い笑顔を向けて駆け寄った。
「ねえねえ! わたしをここに運んでくれたお姉ちゃん、どこにいるか知らない?」
「えっ、あ、ええと……」
受付の女はわたしの顔を見るなり、ビクッと肩を跳ねさせた。
視線が泳ぎ、ひくひくと引きつった唇から、ある住所がこぼれ落ちる。
「ありがとうっ!」
スキップを踏むようにギルドを飛び出し、教えられた場所へ向かった。
***
言われた通りの比較的立派な家の前に立つ。
そして、ドアノブを回してみるも、鍵がかかっている。
(うーーん……えいっ!)
わたしはドアノブごと金具を抉り、扉を押し開けた。
だけど、中には誰もいない。
誰かが住んでいるような気配はあるけど、あのお姉ちゃんがいない。
(……嘘、つかれた?わたしのお姉ちゃんなのに。あの女、適当な嘘を吐いて、わたしとお姉ちゃんを引き離そうとした?)
全身に力が漲ってくる。視界の端が赤く明滅し、耳の奥で血管が脈打つ音がうるさく鳴り響いた。
「ふぅーーん……そっかぁ……」
気付けば、わたしは再びギルドの前に立っていた。
閉ざされた重厚な扉。
(邪魔……)
右足で思い切り蹴とばす。足の裏が扉に触れた瞬間、扉が爆ぜた。
木っ端微塵に砕け散った扉の破片が、ギルドの中にいた冒険者たちに降り注いでいた。
わたしは一直線にカウンターへと歩み寄り、周りを見渡して受付の女を探す。
(どこにいるの、あの女は)
わたしに嘘の情報を渡した女を見つけた。
わたしは一瞬でカウンターまで距離を詰め、拳を振り下ろす。
分厚いカウンターの天板が、爆音とともに粉砕された。
「ひぃぃっ!?」
木片がバラバラと降り注ぐ中、私はカウンターの残骸を踏み越え、震える受付嬢を見下ろした。
「ねえ……嘘ついたのね。どこにもいなかったよ」
恐怖に顔を歪める女の顔を覗き込む。
「あ、あのっ……! なんのことっ……!私は何も……!」
「お姉ちゃん、どこに行ったのって聞いたよね? 教えてくれた場所に、お姉ちゃん、いなかったよ?」
天使のように愛らしい笑顔を作ってあげる。
「……嘘つきは、首から上、いらないよね?」
右手を伸ばす。
この細い首を掴んで、脊椎ごと引き抜いちゃおう。
そうすれば、少しはイライラも治まるかもしれない。
「あ、あそこにいますぅぅっ!!」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった女が、別のカウンターを指さしてきた。
視線をそこに向けると、そこにはお姉ちゃんがいた。
(みつけた…っ!)
「お姉ちゃんっ!!」
伸ばした手を反転させ、わたしは床を蹴った。
一直線に距離を縮め、振り返りざまに立っていたお姉ちゃんの腰に、勢いよくしがみついた。
温かい。
布越しに伝わる体温。
わたしのもの。わたしの、運命のお姉ちゃん。
けれど。
お姉ちゃんは、顔の筋肉をピクピクと引きつらせたまま、わたしの腰に巻きついた腕を、そっと引き剥がしてきた。
「えー、なんで? お姉ちゃんはわたしの命の恩人でしょ。もっとくっついてたいのに」
わたしは瞳を潤ませ、不満げに唇を尖らせた。お姉ちゃんの顔を下から見上げる。
すると、頭上からやけに冷たい声が降ってきた。
「……マリーはあなたの姉じゃない、気安く触らないで……チビ」
視線を上げる。
お姉ちゃんの隣に、真っ黒な女が立っていた。
黒い髪。虚無の黒い瞳。その足元から、黒い靄のようなものが這い出ている。
(なにコイツ……ただの女ってわけじゃなさそうだけど)
それよりも、わたしとお姉ちゃんのハグを邪魔してきたことがとても不愉快だ。
「ん-? チビって私のこと? お姉ちゃんは、わたしを助けてくれたんだよ。だからわたしのお姉ちゃんなの!! 黒いのこそ、お姉ちゃんの隣からどいてよ。邪魔」
わたしは、笑顔を浮かべたまま、その黒い女に向かって首を傾げた。
視線が交錯する。
空間が歪み、空気が震えている。
女の瞳孔が開き、わたしを消滅させようとするような、明確な殺意が押し寄せる。
この女の首を掻っ切って、その頭をランタンの代わりにしてお姉ちゃんへのプレゼントにしてあげよう。
そんなことを考えていると、唐突に間の抜けた笑い声が空気を切り裂いた。
「うはっ! なにこれ、すっごいヤバい子じゃんねっ! あはははっ!」
丸テーブルにだらしなく足を乗せ、椅子をガタガタと傾けてケラケラと笑っている、薄水色髪の女。
「最高だねぇ~。アビィが歩く自然災害なら、そっちのチビちゃんは無邪気な狂気って感じ? ねえマリー、類は友を呼ぶってやつ? サイッコーに面白そうっ!!」
マリー。
お姉ちゃんの名前。可愛い。
お姉ちゃんは首を傾げている。その仕草も可愛い。
(類は友を呼ぶ? ……マリー……っああ!!わたしはロマリー!やっぱり運命なんだっ!!)
パンッ。
お姉ちゃんが手を叩いた。
「皆様、ここは公共の場です。他の人のご迷惑になりますから、まずは座りましょう!」
凛とした声。
あの殺意の中で、お姉ちゃんは微塵も怯えていない。普通なら発狂しそうなものなのに。
やっぱりわたしのお姉ちゃんだ。
わたしはすぐさま、お姉ちゃんの右隣の席を陣取った。
正面にはあの黒い女。わたしを睨んでいる。
右隣には薄水色の女。ニタニタと笑いながら両足をテーブルに投げ出している。
(この薄水色の女も、頭おかしい感じがするなー)
「さて。まずは状況の整理と、自己紹介から始めましょうか」
お姉ちゃんがコホンと咳払いをしている。
「マリー・フォルトゥナです。あなたを助けたのは依頼の一環ですから、そこまで恩義に感じる必要はありませんよ」
(あぁ、マリーお姉ちゃん……謙虚すぎる。依頼だなんて、そんな言葉で照れ隠しをしている)
「……アビゲイル。マリーの、一番。……それ以外は、ない」
(黒い女はアビゲイル……ね。一番ってなに……意思疎通できないの?……頭がおかしいのかな)
「ボクはベラ。よろしくねぇ、生意気なチビちゃん」
(薄水色の女はベラね。よくわからないけど、この女は気を付けないといけない気がする……ていうか本当に女なの?)
そしてわたしの番だ。
バンッ! と両手でテーブルを叩き、勢いよく立ち上がる。
「わたしはフェイトっ! フェイト・F・ロマリー!!」
満面の笑みで、この世界で一番大事な真実を宣言する。
「わたしね、お姉ちゃんの、妹になるの!」
お姉ちゃんは、目をパチクリと瞬かせた。
「……妹、ですか?」
「うん! 私が死にかけてたところ、お姉ちゃんが助けてくれたでしょ?」
わたしは、テーブル越しにお姉ちゃんの手を両手でぎゅっと包み込んだ。
暖かくて、脈打つ音が、わたしの手のひらに伝わってくる。絶対に離さない。
「わたしを助けたんだから、今度は私が助ける番! これからずーっと一緒に生活して、お姉ちゃんのことはわたしが守ってあげる!」
お姉ちゃんの眉が少し下がる。
「お気持ちは嬉しいですが、フェイトさんはまだお若いですし、ご自身の人生を――」
違う。
お姉ちゃんは分かってない。わたしの人生なんて、もうお姉ちゃんのものなのに。
「だからね!」
わたしはカッと瞳孔を開いた。自分でもわかる。今、わたしの目はルビーみたいにキラキラと狂おしく輝いているはずだ。お姉ちゃんへの巨大な愛が、全身から溢れ出しているから。
「お姉ちゃんが、親しげに笑いかけるような悪い虫がいたら、わたしが殺してあげるのっ!!」
お姉ちゃんが、妹であるわたしを差し置いて誰かに笑顔を振りまくなんてありえない。
そんなことがあるくらいなら、その笑顔の先をなくさないといけない。
お姉ちゃんの笑顔はわたしだけのものだ。あんな黒い女や、行儀の悪い女なんかに向けていいものじゃない。
アビゲイルが無表情のまま右手をわたしに向けてきた。
彼女の指先から、魔力が膨れ上がってきている。
「このチビ、バカなの……?私を殺すって意味……?」
(……そうこなくっちゃねっ!)
わたしが自分の血液を使って身の丈以上の大鎌を作ろうとした時。
「すとーっぷ」
ベラが、ひときわ甘い声で間に割って入ってきた。
テーブルから足を下ろし、黒い女に向かって意地悪な笑みを浮かべている。
「ねえアビィ。ここでこのチビちゃんを殺したらさ、マリーがせっかく助けた意味がなくなっちゃうよ?」
「……え……?」
アビゲイルの動きが、ピタリと止まる。
「マリーがさぁ、一生懸命このチビちゃんを助けたんだよ? それをアビィが今ここで壊しちゃったら……マリーの努力を、アビィが無駄にしたってことにならない?」
(うわ、性格悪っ……)
アビゲイルの顔から、スッと血の気が引くのが分かった。黒い瞳がぐるぐると激しく回っている。
震える手で自分の口元を覆い隠しているアビゲイル。
「ち……ちがうよっマリー!わ、私、そんなつもりないからっ……!」
黒いモヤモヤが、嘘みたいに消失している。
「つまんないのー」
(……何それ。精神もろすぎ。本当につまんない)
「……ちょっと。さっきからギルドの空気が最悪なんだけど……」
頭上から、地を這うような声が降ってきた。
見上げると、茶色い髪の女が立っていた。
カウンターにいる受付の一人。さっきの女とは違う。
こいつの目つき。
お姉ちゃんを見下ろすその瞳の奥が、泥沼みたいにドロドロと濁っている。同類の匂いがする。気持ち悪い。
わたしはあからさまに舌打ちをした。
「あんた。ギルドカードは持ってるの?身元不明の狂犬を、ギルドの家に入れるわけにはいかないわよ」
狂犬? わたしが? お姉ちゃんの可愛い妹なのに。
「身元不明じゃないよー!カードくらい持ってるもーん」
わたしはポケットから金属板を取り出し、カラン、とテーブルに投げ捨てた。
女はそれを無造作に取り上げ、目を落とす。そして呆れたようにため息をついてきた。
「……はぁ、またこういう子、なのね……はい、マリーちゃん」
カードが、お姉ちゃんに手渡される。
お姉ちゃんは、そこに刻まれた文字列をじっと見つめている。
わたしの強さを証明する文字……なのだが。
(……あれ……?わたしのギルドカード、なんでこんなに変な表示?)
つい最近まで、しっかり表示されていたはずのギルドカード。
それが今日になって文字がおかしくなっている。
(お姉ちゃんはあまり気にしていないような表情だからまぁいっか)
お姉ちゃんの視線が、カードから私の顔へとゆっくりと移る。
お姉ちゃんの瞳が、わたしを真っ直ぐに映している。
その目はまるで、道端で震える哀れな子犬を見るような……ひどく痛ましげで、かわいそうなモノを見るような表情を浮かべているように見える。
わたしはそんなこと気にせず、花が咲くような最高の笑顔をお姉ちゃんに向けた。
これが私の運命。
わたしだけの、マリーお姉ちゃん。




