第3話 魔女との出会い
黒と灰色の雪が降っているように見えました。
空を覆う異様な静寂の中……木々がボロボロと音を立てて崩れていく空間の中心で、彼女はただ一人、静かに佇んでいました。
闇をそのまま切り取って紡いだような、艶やかな黒髪。
命の気配をすべて凍りつかせるような死の灰の中で、彼女の姿だけが、ひどく鮮烈に私の目を惹きつけました
(あんな薄着で、女の子がこんな所にいたら凍えてしまいます)
私はハンカチを口元に当てたまま、崩れ落ちる灰の地面を踏み越えて歩み寄りました。
近づくにつれ、肌の表面をピリピリとした静電気が舐めるような感覚が走ります。
倒壊した大木の根元に佇む彼女の前に立ち、その顔を覗き込みました。
キレイな白い肌。私より少し背が高く、平坦な胸元とは違って、薄い布地越しでもはっきりと分かるほど女性らしい柔らかな起伏があります。
しかし、彼女の瞳孔が開ききった真っ黒な瞳は、私の顔を映していながら、何の光も宿していませんでした。ただ虚空を見つめ、瞬き一つしません。
ふと、彼女の白いうなじから額にかけて、赤黒い痣のようなものが脈打っているのに気がつきました。
(皮膚の下を蠢く、赤黒い痣。……人の自我をすり潰す、悪趣味な呪い。いったい誰がこんなことを)
これほど緻密で、人の意志を刈り取ることを心の底から楽しんでいるような、悪意と遊び心に満ちた術式を組む術師など聞いたことがありません。いったい、どんな愉快犯の仕業でしょうか。
考えるよりも先に、私の手は彼女の冷え切った頬を両手で包み込んでいました。
(ひどいことをする人もいるものですね……)
私は彼女の額にコツンと自分の額を合わせ、体内に循環する魔力のパスを繋ぎました。
相手の苦痛と呪いを、私の体へと引き受ける身代わりの祈り。
やがて、彼女の黒い瞳の奥に、微かな光が戻ります。
長い睫毛がゆっくりと上下し、焦点の合わなかった視線が、目の前で微笑む私を真っ直ぐに捉えました。
「……あー。私、まだ生きてるんだね」
拍子抜けするほど、覇気のない脱力した声でした。
「はい、生きていますよ。こんな灰だらけの場所でぼーっとしていたら、危ないですよ」
私が彼女の肩口に積もった黒い灰を手で払うと、彼女は目を丸くして私の指先を見つめました。
「君……私が、誰か分かってないの?」
「迷子の女の子、ですよね?」
「違うよ。私は……魔女。息をして、ただ歩いているだけで、君みたいな弱い生き物はみんな死んじゃうのに」
「そうなんですか? でも、私は平気みたいですね」
(酒場の人々が自然災害と恐れていたのは彼女なのでしょうか。しかし、呪いを受けていた彼女のどこが災厄なのでしょうか。)
「君も、私の力が欲しいの? みんなそうだった。最初は優しく近づいてきて、私を利用しようとして……最後は私が怖くなって、今回みたいに罠にはめて自我を消そうとした」
淡々と語る彼女の言葉には、怒りも悲しみもなく、ただ長い時間をかけてすり減った諦めだけがこびりついていました。
(……ああ、なんだか、一生懸命求職者の方に寄り添って成約したのにも関わず、突然内定辞退して飛ばれることがひと月に何度もあった時の私のようですね。不当な扱いには慣れきってしまっている顔です)
「私が貴女に望むことなんて、一つしかありませんよ」
「……何?」
「命を大事にしてください。そして、普通の女の子として生きてください」
私は手を胸の前にあて、祈るように紡ぎました。
彼女の黒い瞳が、信じられないものを見るように揺れ動きます。
「……本当に、私を怖がらないんだね」
「怖いわけないじゃないですか。むしろ可愛いですよ。ほら、行きましょう」
私が屈託のない笑顔をすると、彼女は突然、全体重を預けるように私に寄りかかってきました。
ぎゅっと、私より豊かな胸が、私の顔面に容赦なく押し付けられます。
「うわっ、ちょっと、息が……!」
「そっか、そっか。……じゃあ、私、君と一緒にいてあげる」
吐息混じりの声とともに、強い力で腰を抱きしめてきました。
物理的に骨がミシミシ鳴っています。彼女の細い腕のどこにこんな力があるのでしょうか。
「私の名前は、アビゲイル……。これからよろしくね……」
「私はマリーと言います。こちらこそよろしくお願いしますね」
アビゲイルさんのねっとりとした口調と、絶対に逃がさないと言わんばかりのホールド力に少し背筋が冷たくなりましたが、不安でいっぱいだった人が無事に懐いてくれたようで、私はホッと胸を撫で下ろしました。
「さあ、帰りましょう。教会のベッドは、この冷たい灰の上よりはずっと温かいですよ」
私は少しだけ苦笑しながら彼女の体を支え直し、死の灰が降り積もる森に背を向けました。その歳、後ろから「ようやく……見つけた……」という声が聞こえたような気がします。




