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第27話 鉱山が崩落しました

 私が掲げたランタンの光は、足元のぬかるみを照らすのがやっとな程度でした。

 この頼りないランタンの光だけでは周りが良く見えません。


「アビゲイルさん。申し訳ないのですが明るくしてもらってもいいですか?」

「うん、任せて」


 アビゲイルさんは、空いている手を軽く上にかざすと、例のごとく劇場のカーテンのように空間がこじ開けられ、中から歪な影絵たちが現れました。

 今回はイギリスの近衛兵のような見た目をした影絵がぎこちない動きをして鉱山を照らしてくれます。


「アビィのことだからもっと趣味悪いと思ったけどぉ、悪くないじゃんねっ!」

「……」

 ベラさんに褒められて心なしか嬉しそうに髪の毛を弄っているアビゲイルさんでした。


 少し進んだ先で、坑道は完全に塞がっていました。

 数トンはあるだろう巨大な岩が行く手を阻んでいます。


「これは……迂回ルートを探さなければいけませんね」

 どういう道で進めばいいのか周りを見ていたその時でした。


「マリー、これ邪魔?」

 後ろにピタリと張り付いていたアビゲイルさんが、抑揚のない声で呟きました。

 彼女は私の横にふらりと進み出ると、視界を塞ぐ巨大な岩に向かって、白く細い指先を無造作に振るいました。


 ――サァァァァッ。


 爆音や魔力の光もありませんでした。

 彼女の指先が空気を撫でた瞬間、数トンはある岩が、一瞬にして黒い灰になり音もなく足元に崩れ落ちたのです。


「あっは。相変わらずデタラメだなぁ。どうなってんの」

 ベラさんが、薄水色の髪を揺らしながらケラケラと笑い声を上げました。


「便利ですけど、あまり派手にやると二次崩落の危険がありますから、慎重にお願いしますね、アビゲイルさん」

「えっ……えっ?……うん……」


 アビゲイルさんは伏せられた黒い瞳を私に向け、こくりと頷きました。

 開通した真っ黒な灰の道を踏み越え、私たちはさらに奥へと進みます。

 やがて、影絵の光が、異様なものを捉えました。


 坑道の隅。崩れ落ちた岩の隙間に、小さな塊が挟まっています。

 近づくにつれ、胸がざわつきました。


「っ……」


 それは、同年代か、私よりも少し幼い少女でした。

 金糸のボブカットの髪は、泥とどす黒く変色した血の塊でべったりと固まっています。

 彼女の下半身は、巨大な岩石の下敷きになっていました。

 肉の繊維が完全にすり潰され、裂けた皮膚の隙間からは、本来見えてはいけない白い大腿骨の断面が見えています。


 おまけに右腕は、関節が本来とは逆の方向にへし折れ、皮膚一枚でかろうじて繋がっている状態でした。

 虫の息すら聞こえません。


「うわー、グロ……。完全に手遅れじゃん。もう死んでるでしょコレ」

 ベラさんが鼻をつまみ、心底汚いものを見るような目で少女を見下ろしました。


「いいえ。……まだ、かすかに脈があります」

 私は岩の隙間に滑り込み、血の海に膝をつきました。


「アビゲイルさん、岩をなくしてもらえますか?」

「ん……」

 アビゲイルさんが岩を灰にしたのを確認し、少女の砕けた下半身へと両手をかざしました。


 身代わり


 私の腕の中で、少女のすり潰された肉が再生し、白い骨が繋がり、あっという間に傷一つない滑らかな皮膚へと戻っていきます。


「……あ、れ……?」


 やがて、少女の長いまつ毛が震え、ルビーのような瞳が開かれました。

 焦点の合わない視線が空を彷徨い、やがて彼女を見下ろす私たちの顔を捉えます。


 私は血まみれで完璧な営業スマイルを浮かべます。

 その背後で「ちっ、生き返っちゃった。なんでも生き返らすじゃん……」と舌打ちをする倫理観の欠片もないベラさん。

 さらにその隣で、何も発さずどす黒いオーラを放つアビゲイルさん。


「えっ……!?なにこれ……」

 少女が一言発したと思ったら、顔から一瞬で血の気が引き、白目を剥いて再び意識を手放してしまった。


「 貧血でしょうか」

「隣のこわぁい魔女が睨んだからでしょ~!こわいこわぁい!」

「っ……そんなつもりじゃないっ!」

 

 ……急激な再生に体力が追いつかなかったのかもしれません。

「休ませておくわけにもいきませんから、私が背負います」

 私は気を失った少女を背負い上げました。私より小柄で胸も控えめなせいか、驚くほど軽く感じます。


「華奢な背中に、その重さは堪えるんじゃない? ボクが代わってあげよっか、なーんてね」

 ベラさんがからかうように私の腕をつついてきますが、私は首を横に振って歩みを進めました。

 さらに坑道の奥へ。



 ***



 影絵の光の届かない前方の暗闇から、二つの人影が浮かび上がってきました。

 一人は、重厚でありながら美しい装飾の施された鎧を着た男。

 もう一人は、魔力を帯びてパチパチと火花を散らす長剣を手にした女でした。

 この泥と血にまみれた坑道には全く似つかわしくない、チリ一つついていない真新しい装備のようです。


「信じらんない。こんなところにNPC? 」

 女の方が、私たちを見るなり苛立たしげに舌打ちをしました。


(エヌピーシー……? 非営利団体でしょうか。社会解決のために動いているといえばそうですかね……)

 そんなことを考えていると、女が長剣を無造作に振り上げました。


「目障りだから消しとくわ」


 剣先に、魔力が収束し始めます。

 それに反応したアビゲイルさんの黒い瞳孔が収縮し、足元から黒い瘴気が漏れ出そうになった、その時でした。


「よせ」


 男が、女の細い手首をガシッと掴んで止めました。

 男の視線は、私……正確には、私の頭上の少し上に釘付けになっていました。

 彼はまるで、空中に浮かぶ文字でも読んでいるかのように目を細め、やがて、わずかに目を見開きました。


「ああ……なるほど。そういうことか」

 男がポツリと呟いた途端、彼の顔に、スッと優しい表情が被せられました。


「ごめんね、うちの連れが短気で」

 男は女の剣を下ろさせると、私に向かってにこやかに微笑みかけてきました。

 しかし、その笑顔を見た瞬間、私の背筋に冷たい鳥肌が立ちました。


 口角だけを完璧な左右対称で引き上げた、お面のような笑顔。

 求職者を使い捨ての駒としか見ていなかったブラック企業の役員が、面接の時だけ浮かべていたあの作り物の表情と、全く同じだったのです。

(ものすごい作り笑顔ですね……吐き気がします)


「はぁ!? なんで止めるのよ! こいつら——」

「いいから」

 男は女の言葉を冷たく遮ると、再び私に視線を戻しました。


「もう用は済んだだろ。……君たち、ここはもうすぐ崩れる。怪我をしたくないなら、早く逃げた方がいいよ。気をつけてね」

 それだけ言い残すと、男の足元に転移陣が展開されました。


 女が不満げに舌打ちをする中、光の柱が二人を包み込み、彼らの姿は影も形も消え失せていました。

 彼らが去った後の静寂。

 それが破られたのは、文字通り一瞬のことでした。


 ――ゴゴゴゴゴォォォォッ!!


 鉱山の最深部から、凄まじい轟音が響き渡りました。

 足元の地面が、縦揺れに大きく跳ね上がります。

 見上げれば、光に照らされた坑道の天井から、無数の亀裂が蜘蛛の巣のように走り、数トンクラスの岩盤が雨のように剥がれ落ちてくるのが見えました。

(鉱山そのものが崩壊ですかっ……!)


「は!? ちょっ、冗談——!」


 ベラさんの顔から余裕が消え去り、悲鳴に近い声が上がります。

 そしてすぐに冷たい腕が私の腰に強く巻きつきました。


「……マリー、舌噛まないで」


 アビゲイルさんの声と同時に、視界が強烈な閃光に塗り潰されました。

 真上から巨大な岩が私たちの頭上に直撃する寸前。

 内臓を直接鷲掴みにされて引きずり回されるような、あの最悪の浮遊感が全身を襲います。


 胃袋がひっくり返りそうになる吐き気を催した瞬間、私の膝は固い土の上に投げ出されていました。


「げほっ、かはっ……!」

 肺に新鮮な空気が流れ込み、私はむせ返りながら顔を上げました。

 そこは、鉱山の入り口から少し離れた野営地の跡でした。


 ズドォォォォンッ……!!!


 背後で、大地を揺るがすような地響きが轟きました。

 振り返ると、私たちがつい数秒前までいた鉱山が、巨大な土煙を上げて完全に崩壊していく光景が広がっていました。

 山の輪郭そのものが変わってしまうほどの、完全な崩壊。


「……あぶなっ。アビィがいなかったら完全にペシャンコだったじゃんね~……」

 ベラさんが尻餅をついたまま、引きつった笑いを浮かべています。

 あのまま残っていれば、間違いなくミンチになっていたはずです。


「……マリー、無事……?大丈夫……?」

 私にしがみついたままのアビゲイルさんが、血走った目で私の全身をペタペタと触って確認してきます。

(心配してくれるのは嬉しいですが、スリットから直接皮膚を触られるとくすぐったいですね……)


「……」

 私は土煙にむせながら、先ほどの男の不気味な笑顔を思い出していました。


『用は済んだ。ここはもうすぐ崩れる。』


 まるで、これから何が起こるのかを完全に知っていたかのような口ぶり。

 一体、なんだったのでしょうか——。

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