第11話 クエスト受注です!
「うわぁ~すごいですね……!」
目の前に運ばれてきた木製のプレートには、私の想像を遥かに超えるご馳走が山盛りにされていました。
湯気を立てるブラウンシチューには、スプーンからこぼれそうなほど大きなお肉と根菜がゴロゴロとあります。
添えられた厚切りの白パンからは、香ばしい小麦の匂いが漂ってきて、おまけに瑞々しいサラダ付きです。
ギルドで提供される一番安い定食を頼んだはずなのですが、どう見てもメニュー表に描かれていた質素なイラストとはボリュームが違います。
(……これは間違いなく、アンナさんの計らいですね)
私は心の中で、あの優しくて面倒見の良い受付嬢であるアンナさんに手を合わせました。
水晶を壊してしまったことを庇ってくれただけでなく、こんな新人冒険者のためにサービスまでしてくれるなんて。
前世の会社では、お昼ご飯といえばパソコンのモニターを睨みながら流し込むゼリー飲料か、胃を荒らすだけの缶コーヒーしかありませんでした。
それに比べて、この温かくて栄養満点のご飯。一口シチューを頬張ると、ホロホロに崩れたお肉の旨味と爽やかな香りが口いっぱいに広がり、私はお腹も心も満たされて幸せなため息をこぼしました。
シチューにパンを浸しながら、私は壁に貼り出されているクエストボードを遠目から眺めていました。
と、その時です。ギルドの奥にある職員専用の扉がギィッと開きました。
そこから出てきたのはアンナさん……だったのですが、私は思わずパンを持った手を止めて息を呑みました。
いつも朗らかで太陽のような笑顔を絶やさないアンナさんが、まるで別人のようでした。
うつむき加減で影の落ちた顔。けれど、前髪の隙間から覗く瞳は、とろけるような熱を帯びていました。
ふぅっと熱い吐息をこぼし、自身の唇の端を指先でなぞるその姿は、いつもカウンター越しに見る元気な受付嬢とはあまりにもかけ離れていています。
(え……? アンナ、さん……?)
私が戸惑いながら見つめていると、不意にアンナさんの鋭い視線がこちらを向き、目が合った瞬間。
「あ、マリーちゃーん! ご飯、お口に合ったかな?」
張り詰めていた殺気も、背筋が凍るような妖艶さが消え去りました。
そこには、いつもの明るくて少しお節介なアンナさんの姿がありました。
「あ、はい! あの、いつもより量が多くないですか? お心遣いありがとうございます」
「いーのいーの!これからの仕事に向けてスタミナつけなきゃだからね!」
(いつも通りのアンナさんですね。さっきの表情はちょっと嬉しいことでもあったのでしょうか)
アンナさんは空いている椅子に腰掛けると、少しだけ真剣な表情になって声を落としました。
「ギルドカードを作ったばかりの時はね、まだ信用ポイントが貯まっていないから、低いランクのクエストしか受けられない制限があるの。魔物討伐とかの報酬が高いクエストは、もう少し実績を積んでからじゃないと受けられないから気をつけてね」
その説明を聞いて、私は深く深く頷きました。
(なるほど。要するにOJT、新人研修期間ってことですね)
配属されたばかりの右も左も分からない新人に、いきなり上質な優良顧客や、会社の命運を握るような大口案件を任せるわけがありません。
まずは仮に失敗しても会社へのダメージが少ない、案件にならなくてもいいような客をあてがい、そこで基本的な立ち回りを叩き込ませるのです。
新人に無理をさせない配慮には頭が下がります。
「はい! 地道なルーティンワークも嫌いではありませんので、確実に実績を積んでみせます!」
私が笑顔で意気込むと、カウンターの方から冒険者がアンナさんを呼ぶ声が響きました。
「ごめんねマリーちゃん、ちょっと席外すね。ゆっくり選んでていいからね」
アンナさんが小走りで戻っていくのを見送りながら、私は最後の一口を飲み込みました。
サッ、と。
隣に座っていたアビゲイルさんが無言で立ち上がり、クエストボードから一枚の依頼書をベリッとひっぺがして戻ってきました。
「……マリー。これ」
【依頼内容】 東の森におけるゴブリンの巣の周辺調査
【報酬】 銀貨3枚
【特記事項】 戦闘の必要はなし。巣の規模と大まかな数を報告すること。
(……斥候クエスト、ですね)
今受けられるランクの中では高難易度です。しかし、私の目は「報酬:銀貨3枚」に釘付けになっていました。
(様子を見て魔物を数えるだけで銀貨3枚……。直接戦わなくていいなら、すごくオイシイのでは……!)
脳内で瞬時に弾き出された「コスパ最高」の文字が、わずかな危機感を完全に上書きしていました。
「アビゲイルさん、これにしましょうか」
私は意気揚々と依頼書を手に、受付カウンターへと向かいました。
アンナさんは忙しそうだったため、空いていた隣のカウンターへ並びました。
そこに座っていたのは、少し緊張した面持ちの新人受付嬢さんでした。
「あの、東の森のクエストをお願いします」
「えっ……? ひが、東の森、ですか……?」
受付嬢さんの顔からスッと血の気が引くのが分かりました。
彼女は依頼書と私の顔、そして私の後ろに無言で佇むアビゲイルさんを何度も往復して見ています。
「確かに依頼書は東の森のゴブリンの巣、ですね……」
言いよどむ受付嬢さん。しかし、彼女の視線がアビゲイルさんに固定された時、ハッとしたように息を呑みました。
「あの……受付さん? 大丈夫ですか?」
「ひっ! あ、はい! 受理いたしましたぁ!」
受付嬢さんは震える両手で受理印を押した依頼書を突き返してきました。
目は完全に焦点が合っておらず、口元は引きつった愛想笑いを浮かべています。
(新人さん、よっぽどテンパってるんですね。初めての業務で緊張するのは分かります)
私は彼女の不審な態度を「新人特有のパニック」だとすっかり勘違いし、優しい微笑みを向けました。
「ありがとうございます。初めてのお仕事、お互い頑張りましょうね」
なぜか涙目になっている新人受付嬢さんに見送られながら、私たちはギルドを後にしました。
「さあ、アビゲイルさん。初仕事です。 東の森に向かいましょう!」
「……うんっ」
アビゲイルさんが私の指を絡めるように手を繋ぎ、目的地である東の森へと歩みを進めるのでした。




