第10話 無事、ギルドカード作成……?
「……あれ?」
水晶の奥底から、ドロリとした何かが這い出してきたように見えたのは、気のせいでしょうか。
指先から伝わる、ゾクッとするような、でもどこか懐かしいような雰囲気……。
しかし、すぐに水晶は元の輝きを取り戻していました。
本当に一瞬の出来事でした。
「どうしたの、マリーちゃん? もう手を離して大丈夫よ」
カウンターの向こうで、アンナさんが不思議そうに首を傾げています。
私は慌てて、水晶に吸い付けられていた手を引っ込めました。手のひらには、薄ら冷や汗が滲んでいます。
「いえ、その……少し、水晶が濁ったように見えたので。気のせいでしたら、すみません」
私が申し訳なさそうに言うと、アンナさんはパチパチと瞬きをして、それからフッと、いつもの朗らかな笑顔に戻りました。
「なーんだ、びっくりさせないでよ! 濁りなんて気のせい、気のせい。ギルドの水晶は、王国の祝福を受けてるからね、そんな不吉なことあるわけないじゃない」
(そうですよね……。私の心が、生活費への不安で濁っていたから、そう見えただけですよね)
私は小さく息を吐き出し、胸の前でギュッと手を握りしめました。
自分の不甲斐なさに、自己嫌悪に陥りそうになります。
聖女を目指している身として、心の隅にそんな卑俗な不安を抱えているなんて、自己嫌悪しそうです。
「はい、それじゃあこれ。マリーちゃんのギルドカードね」
アンナさんから手渡されたのは、薄い金属製の板。
表面には、私の名前と、いくつかの項目が整然と並んでいるはず……でした。
【氏名】 マリー・フォルティナ(Marie Fortina)
【年齢】 15
【種族】 人
【職業】 シスター(見習い)
【レベル】 1
【HP】 #INF00
【MP】 200 / 200
【STR】 3
【VIT】 3
【INT】 8
【DEF】NaN
【RES】 NaN
【DEX】 5
【LUK】 NaN
【スキル】
・治癒魔法(上級)
・社畜アドレナリン
・│返|還|準|備|中
【称号】
・■ O ■ F E ■ A ■ I A
……。
(……えっと……これは……)
何かの不具合でしょうか。
前世のゲームのバグ表記みたいになっています。
異世界から来た人はみんなこんな表記になるんでしょうか。
「アンナさん、その……表示おかしくて、文字化けも……」
私がカードをアンナさんに差し出すと、彼女はカードを一瞥し、ハッと息を飲んでカウンターから乗り出してきました。
「マリーちゃんすごいよっ!こういう表記される人は何かしら偉業を残す人達みたいだから、マリーちゃんも選ばれし人なのかもっ」
(選ばれし人……やはり転生者故ですかね)
「そうなんですか……。私は、てっきり何か悪いことでも起きたのかと」
「まさか!マリーちゃんに限って、悪いことなんてあるわけないじゃない。ステータスをギルド内に登録するから、カード借りるねっ」
そう言うとアンナさんは、私のカードを素早くひったくるように受け取り、カウンターの下へ隠しました。
その時の、彼女の指先が、わずかに震えていたように見えました。
「……ん」
アビゲイルさんが、無機質な声を漏らしながら、水晶の前に立ちました。
彼女の真っ黒な瞳が、水晶の輝きを吸い込むように、じっと見つめています。
「あんたも、同じように水晶に手をかざしてね。……まあ、マリーちゃんみたいなバグは、そうそう起きないと思うけど」
アンナさんが少し投げやりな、でもどこか緊張を含んだ声で言いました。
アビゲイルさんが、迷うことなく、白い、冷たそうな手を水晶へ伸ばします。
彼女の手が水晶の表面に触れた、その瞬間。
ビキィ、と。
ギルド内のざわめきすら、かき消すような不吉な亀裂音が響き渡りました。
私たちが息を呑む間もなく、水晶の内部から、黒い瘴気の靄が噴き出しました。
それは、先ほど私が一瞬見たものとは、比べ物にならないほど、濃密で禍々しいです。
「ア、アビゲイルさん……?」
私が声を上げるよりも早く、アンナさんが悲鳴に近い声を上げました。
「あ……あんた!まさかっ……!?」
アンナさんは、信じられないものを見る目ででアビゲイルさんを見ていました。
瘴気は、一瞬にして水晶全体を覆い尽くし、そして。
サァァ……
音もなく、水晶は灰と化して、崩れ去りました。
後に残ったのは、灰の山と、手をかざしたまま立ち尽くすアビゲイルさんの姿だけです。
「ふふっ」
アビゲイルさんの口元に、僅かな笑みが浮かんでました。
どうやらアビゲイルさんは、己の力を誇示できたのが嬉しかったのか、心做しかドヤ顔をしています。
(……アビゲイルさん、なんてことを……)
私は慌てて、アビゲイルさんの手を握りしめました。
「アビゲイルさん……大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
「え……?うん。大丈夫。……これ、壊れちゃった」
灰の山を見つめたまま、彼女はひどく他人事のように呟いてました。
彼女の身体から立ち昇っていた黒い靄が、幻だったかのようにスッと空間に溶けて消えていきます。
「……とりあえず、カードは……作れたみたいだけど……」
アンナさんが、力なくカウンターの下から一枚のカードを取り出しました。
それは、私のカードとは、明らかに異質な雰囲気を纏っていました。
【氏名】 アビゲイル・モディカ(Abigail Modica)
【年齢】 ■■■
【種族】 魔女
【職業】
【レベル】
【HP】 ■■■■■■■■ / ■■■■■■■■
【MP】 ■■■■■■■■ / ■■■■■■■■
【STR】 ■■■■■
【VIT】 ■■■■■
【INT】 ■■■■■■■
【RES】 ■■■■■
【DEX】 ■■■■■
【LUK】 ■■■■■
【スキル】
・■■■■
・■■■■
・■■■■
・■■■■
・■■■■
・■■■■
・■■■■
【称号】
・諤帝ュ斐、・鬮疲ウ・。
「……」
(これは……水晶が破壊したからでしょうか)
カードのほぼ全てが、隠されてます。
私のカードの文字化けとは、明らかに異質な、狂気的な何かを感じます。
「……アビゲイルさん。これ、何が書いてあるのか、さっぱりわかりませんね」
(職業が空欄ですが、無職って意味ですか……?)
私がカードをアビゲイルさんに差し出すと、彼女はカードを受け取り、それから、フッと、口元だけを歪に歪めました。
一切の感情が抜け落ちた、真っ黒な瞳が、私を見つめます。
「……ふふっ。マリーと……お揃い」
(えっ?何がお揃いなんですか?私働いてますよ……)
アビゲイルさんは、自分のカードと、アンナさんから返ってきた私のカードを交互に見つめ、嬉しそうに、ねっとりとした声を漏らしました。
「……マリーと……一緒。読めない文字……」
「えっと……それは、喜んでいいことなのでしょうか……?」
私が困惑していると、アンナさんが、深いため息を吐きながら、カウンターから身を乗り出しました。
「マリーちゃん、その魔女のカードも貸してちょうだい。登録するから……」
「あっ……はい。あの……登録料と……壊れた水晶の弁償は……」
「いいの! 私の方でギルドマスターに掛け合うから……。」
アンナさんの、必死な、でもどこか遠い目をした声に、私はそれ以上何も言えなくなりました。
「……わかりました。アンナさん、本当に、色々とすみません」
私は、アンナさんに申し訳なさを感じつつ、アビゲイルさんの手を引いて、ギルド内の食事用テーブルへと向かいました。
その背後で、アンナさんが再びカウンターに突っ伏す音が、聞こえたような気がしました。
「……ふぅ。何とか、ギルド登録はできたみたいですね」
テーブルに座った後、私は、アビゲイルさんの手を握りしめながら、安堵のため息を吐き出しました。
救護院の仕事以外で、生活費を貯められる。
これで、アビゲイルさんと二人、路頭に迷うことはありません。
「……マリーと……仕事」
アビゲイルさんが、私の手を握り返しながら、ねっとりとした声を漏らしました。
彼女の瞳は、相変わらず真っ黒で、瞬き一つしません。
でも、その奥底に、少しだけ、温かいものが宿っているような、そんな気がしました。
「はい! アビゲイルさんと一緒なら、どんなお仕事も、頑張れそうです!」
私は、アビゲイルさんに満面の笑みを向けました。
すると彼女も嬉しそうに、けれどどこか少しだけ不器用な微笑みを返してくれました。
「……さて、それじゃあ、何か手頃な任務がないか、見繕ってみましょうか」
薬草の採取とか、街の中での配達とか。
安全が完全に保証されているクエスト。
アンナさんが言っていた、そんなクエスト。
私とアビゲイルさん、二人で、できるお仕事。
「その前に、お食事でも食べましょうか」




