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第一部  【 停滞の掟と、餓えゆく王国 】  第二章 【 異端の同盟 】 第一話 【 風の怪物と落ちこぼれ王子 】

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「感想」をお寄せくださりまして、ありがとうございます。

アリストの南、かつて王国最大の貿易港として栄え、今や廃墟と化した「旧ラグナ港」。

潮風が吹き抜ける朽ち果てた倉庫の影で、リンとラグナルは静かにその時を待っていた。


月明かりすら届かない漆黒の海から、音もなく一隻の黒い大型船が姿を現す。

船首には、南方の海原国カイゲンを束ねる巨大商業連合のシンボル――「金色の双頭の海蛇」の旗が掲げられていた。


「……本当に来ましたな」


ラグナルが低く呟き、外套の下で刀子ナイフの柄に手をかける。

かつてセルヴァ王国は、このカイゲンの商人たちを「強欲な異教徒」と見下し、資産を没収して強制追放した過去がある。彼らにとってセルヴァは仇敵であり、一歩間違えれば即座に命を奪われかねない危険な接触だった。


小舟が埠頭ふとうに横付けされ、数人の大柄な男たちが降り立ってくる。

その中心に立つのは、豪華なシルクのコートを羽織り、口元に豊かなひげたくわえた巨漢――カイゲン商業連合の提督、ガルド・ヴァルハイトだった。


ガルドは義眼の右目を光らせ、リンを見下ろすと、朗々とした余裕に満ちた声で笑った。


「ハハハ! 連絡を受けた時は半信半疑だったが、……。真夜中の港にぽつんと立っているのは、あの高貴なるセルヴァ王家の第二王子殿下じゃねぇか! 落ちぶれたものだな、王子様」


ガルドの背後に控える護衛の男たちが、嘲笑あざわらうように刃物をちらつかせる。


「挨拶としては少々品がないな、ガルド提督」


リンはひるむことなく一歩前に出た。つばの広い笠を脱ぎ、夜風に髪をなびかせながら、真っ直ぐにガルドの義眼を見つめる。


「遠路はるばる感謝する。かつて我が国が無礼を働いたというのに、こうして足を運んでもらえただけでも有難いことだ」


「へっ、口だけは達者だ。で? 『かつて追放した仇敵に巨大な利益を提示する』だと? 餓死寸前の落ちぶれ国家が、この俺に何の利を差し出せるってんだ? まさか、その汚い着物でも買い取れとでも言う気か?」


ガルドの配下たちがドッとさげすみの笑い声を上げる。


「提案は単純だ」


リンは周囲の嘲笑を完全に無視し、一枚の羊皮紙をガルドに向かって投げつけた。

ガルドは素早い手つきでそれを受け止め、眉をひそめて目を通す。そこに書かれていたのは、王室が極秘に管理する『大霊樹周辺の未開拓地および未採掘鉱山の永久利用権』の草案だった。


ガルドの目が、一瞬で商人特有の鋭くギラついた光を帯びる。


「……。おい、これはどういう意味だ? 大霊樹の周辺は、お前たちの『神聖な聖域』じゃなかったのか? 異民族に踏み込ませることすら禁じていたはずだぞ」


「神聖、清貧、高潔、……。そんなものは腹の足しにはならん! ゴミくずだ」


リンは鼻で笑い、冷徹に言い放った。


「その『聖域』には、豊富な鉄鉱石と魔導鉱石が眠っている。我が国の老臣どもは過去の栄光とプライドにしばられ、掘り起こすことすらできずに飢えている。……。ガルド、お前たちの技術と資本でそこを掘り起こせ。出た利益の七割はお前たちのものだ」


ガルドは絶句した。

提示された利権は、かつてカイゲンがどれほど望んでも手に入らなかった莫大な富の源泉だった。


「……。正気か、王子? これが王宮に知れれば、お前は国家叛逆者として皮を剥がされるぞ」


「正気だからこそ言っている」


リンはガルドの胸元を指差し、ぐっと顔を近づけた。


「お前たちも分かっているはずだ。このまま我が国が自滅すれば、お前たちが過去に没収された資産の回収も永遠に不可能になる。だが、俺と手を組めば、かつての損失の数百倍の富が転がり込む。……。過去の恨みを晴らすために指をくわえて我が国の滅亡を眺めるか、泥に塗られたプライドを捨てて『実利』を取るか。選べ、カイゲンの提督」


静寂が港を支配した。

潮騒の音だけが響く中、ガルドは羊皮紙とリンの顔を交互に見つめ、やがて――。


「ギャハハハハハハ!」


腹を抱えて大爆笑した。


「気に入った! 気に入ったぞ、落ちこぼれ王子! うつろな綺麗事を並べ立てるセルヴァの貴族どもには反吐へどが出そうだったが、お前のような『強欲で泥臭い悪党』は大好きだ!」


ガルドは羊皮紙をふところに仕舞うと、丸太のような太い手をリンに差し出した。


「いいだろう、乗った! 食料と資材、そして最新の採掘機材をひそかに港へ運び込んでやる。その代わり、契約を破ったらお前の首をカイゲンの海に沈めるからな」


「交渉成立だ」


リンはその手を強く握り返した。


敵国との密約。国家の聖域の切り売り。

かつての世界ならば「売国奴」とののしられるであろう禁忌の契約が、いま暗闇の中で結ばれた。


セルヴァ王国を揺るがす破天荒な大変革の風が、海の向こうから吹き込もうとしていた。


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