4・2 - 第1話「群島の密約とヴァルハイトの影」
第4部:新世界航路とグローバル通貨戦争編
第2章:新世界航路(大航海と遠征)
大洋の真ん中に浮かぶ水上都市
『群島連邦アトランツ』。
怪しく揺れる酒場の奥で、
群島総督バルバロッサは
テーブルの上に並べられた
『百アリスト札』と
漆黒の魔素鋼インゴットを
凝視していた。
「……大洋の
貿易利権の三割、か。……」
バルバロッサは
豊満な胸を躍らせながら、
長管煙草の紫煙を
深く吹き出した。
「魅力的な提案だがね、
アルティナ摂政。
ヴァルハイト帝国は
伊達に新大陸を統べる
超列強じゃない。
奴らが誇る
『蒸気魔導艦隊』の主力――
『第一太平洋艦隊』が、
すでにこのアトランツの
沖合五十海里まで
迫ってきているんだよ。」
「……圧力をかけに来たか?」
リン・アルティナ・セルヴァ摂政は、
笠のつばを指で押し上げ、
視線をバルバロッサに向けた。
「奴らの狙いは2つだ。
アトランツを接収して
金銀本位制の
絶対的な補給港にすること。
そして、俺たちアリストの
『セルヴァ札』を
この大洋から
完全に締め出すことだ。」
「物分かりが良くて助かるよ」
バルバロッサは
苦笑交じりに肩をすくめた。
「帝国の使者が
私に突きつけてきた条件はね、
『アリストの
落ちこぼれ王子を引き渡し、
セルヴァ札を受け取った商人を
すべて絞首刑に処すなら、
アトランツの自治を認める』だ。
断れば、
この水上都市ごと
蒸気砲で海に沈めるとさ。」
「で、お前はどうする?」
アルティナは身を乗り出し、
バルバロッサの目を射抜いた。
「金の威光に怯えて
帝国の軍靴を舐めるか?
それとも、俺たちの
『紙』と『魔素鋼』に賭けて、
新大陸の支配者どもを
泥の中に引きずり下ろすか?」
バルバロッサの瞳に、
野心的な光が宿った。
「ふん……誰が
金の亡者どもの
奴隷になんかなるかい。
アトランツの海賊はね、
生き残るために一番
『牙の鋭い奴』と組むのさ!……
乗ったよ、
リン・アルティナ・セルヴァ!」
バルバロッサが豪快に
テーブルを叩くと同時に、
酒場の重い扉が
勢いよく開かれた。
「アルティナ摂政!
大変です!」
息を切らせて
飛び込んできたのは、
ラグナルだった。
その甲冑には
潮風と油の匂いが
染み付いている。
「アトランツ沖の
監視網が敵影を捉えました!
ヴァルハイト
第一太平洋艦隊の旗艦
『超重蒸気戦艦・
グロース・ヴァルハイト』を
中核とする、
総数三十隻の超大型艦隊です!
このアトランツを
完全に包囲しつつあります!」
「けっ、
予想より一足早かったか!」
ガルド提督が義眼を血走らせ、
腰の大型魔導拳銃の
安全装置を外した。
「おい、アルティナ摂政!
こっちは
『アルティナ号』を含めて
数隻の高速装甲船と、
バルバロッサの海賊船団しか
ねぇぞ!
真正面から撃ち合えば、
アトランツごと海の藻屑だ!」
「焦るな、ガルド」
アルティナは
静かに立ち上がり、
胸元の「魔素コア」の
冷たい感触を確かめた。
「ヴァルハイトの提督どもは、
自分たちの
『巨大な鉄と金の城』が
絶対に破られないと
信じ込んでいる。……
ならば、
その高慢な鼻柱を、
この大洋の真ん中で
へし折ってやるまでだ。」
アルティナは
バルバロッサとガルドを見渡した。
「アトランツの海賊船団を
全船出航させろ。
敵の巨大戦艦を
狭い珊瑚礁の海域へ
誘い込む。……
アリストの
『紙』と『実利』が、
帝国の金貨を打ち砕く
最初の海戦を見せてやる!」
大洋の覇権と
世界通貨の未来をかけた、
群島海域での大激突の
火蓋が
落ちようとしていた。
ゴオオオオオオオオッ!!
黒煙と爆音を轟かせ、
群島連邦アトランツの外郭海域へ
侵入してきたのは、
ヴァルハイト帝国
第一太平洋艦隊だった。
中心に鎮座するのは、
全幅五十メートルを超える
超大型双胴艦――
『超重蒸気戦艦・
グロース・ヴァルハイト』。
その両脇を
ガチガチに固めるのは、
重装甲蒸気巡洋艦の群れである。
「ハハハ!
見ろ、鼠どもの水上都市だ!」
『グロース・ヴァルハイト』の艦橋で、
帝国海軍第一太平洋艦隊
司令長官・オズワルド提督が
双眼鏡を覗き込み、
不敵に高笑いしていた。
「落ちこぼれ王子の
『アルティナ』とかいう
生意気な小小児(青二才)も、
あの海賊の
吹き溜まりに逃げ込んだか。
全艦、通達!
珊瑚礁の外郭より
包囲砲撃の準備!
アトランツごと、
不当な紙きれと泥の豚どもを
海底へ沈めてしまえ!」
帝国の巨艦たちが、
自慢の
三連装魔導蒸気砲の砲門を
一斉にアトランツへと向けた。
帝国の計算では、
巨大な主砲の射程外から
圧倒的な火力で叩き潰せば、
アリストの高速船など
近づくことすらできずに
粉砕できるはずだった。
だが――。
「て、提督!
敵船団が
港から出てきます! ……
しかし、様子が変です!」
副官が
悲鳴のような声を上げた。
アトランツの
狭い水路から飛び出してきたのは、
バルバロッサ率いる
軽快な海賊船団、
そして
アリストの黒い高速装甲船群だった。
彼らは
帝国艦隊へ直進するのではなく、
複雑に入り組んだ
「暗礁と浅瀬の海域(悪魔の浅瀬)」
へと
雪崩れ込んでいったのだ。
「フン、浅はかな!
我が帝国の威光から
逃れられると思うな!」
オズワルド提督は
手を振り下ろした。
「追撃せよ!
浅瀬の入口を塞ぎ、
袋の鼠にして叩き潰せ!」
巨大な蒸気戦艦と巡洋艦隊が、
黒煙を吐き散らしながら
浅瀬の海域へと全速で突入する。
……だが、これこそが
アルティナ摂政リンの描いた
「死の罠」だった。
明日 17:10 に投稿します。




