1 - 第2話「信用という名の銃口」
第3部「 新貨と覇権編 」 第1章「 破滅の『紙くず』」
リンは問いかけた。
「金貨そのものに
腹を満たす価値があるか?
違う。誰もが
『これは金としての価値がある』
と信じているから、
パンと交換できるに過ぎない。
つまり、貨幣の正体とは
金属ではなく『信用』だ」
リンは
紙幣を指で軽く弾いた。
「神聖帝国も
カイゲン本国も、
我が国を
金貨の市場から締め出せば
自滅すると思っている。……
ならば、
奴らの金貨体系そのものを
捨ててしまえばいい」
「な……!?」
「今日から、
我が国におけるすべての取引、
給与の支払い、
税の徴収は、
この我が国独自の紙幣
『セルヴァ札』のみで行う」
リンの宣言に、
ラグナルとガルドは絶句した。
「殿下、正気ですか!?」
ラグナルが声を張り上げる。
「ただでさえ
他国からの輸入が
止まっているのです!
このような
裏付けのない紙きれを
民に押し付ければ、
暴動が起きますぞ!」
「裏付けなら、ある」
リンは大霊樹の根元、
黒煙を上げ続ける
地下の工廠を指さした。
「我が国には、
カイゲンも神聖帝国も
喉から手が出るほど
欲しがっている
『世界最高の魔素鋼』がある。……
今日から、
この『セルヴァ札』だけが、
アリストの魔素鋼を購入できる
唯一の通貨となる」
リンはニヤリとあざ笑った。
「他国の商人が
我が国の魔素鋼を買いたければ、
まず自分たちの金貨を
我が国の銀行に預け、
この『セルヴァ札』に
両替しなければならない。
そして、
我が国の民が買い取る
輸入食料も、
すべてこの
『セルヴァ札』で決済させる」
「……ま、待て……
待てよ王子……!」
ガルドの額から、
ダラダラと冷や汗が
吹き出し始めた。
凄腕の商人である
ガルドの頭脳が、
リンの打ち出した策の
「狂気的な恐ろしさ」を
瞬時に理解したのだ。
「他国がいくら
アリストを経済封鎖しようと……
世界の造船所や軍需産業は、
アリストの魔素鋼なしでは
成り立たない。
もし魔素鋼を買うために
『セルヴァ札』が必要になれば……
他国の商人どもは、
自国の法律を破ってでも、
金貨を投げ捨てて
我が国の『紙きれ』を
欲しがることになる……!」
「そうだ」
リンは紙幣を高く掲げた。
「奴らが金貨で
俺たちの首を絞めるなら、
俺たちは『紙』で
奴らの経済そのものを
ジャックする。
帝国とカイゲンが
築いてきた古い金貨の秩序を、
この一枚の紙で破砕してやる」
武力ではなく、
欲望と信用を巡る
「金融の戦争」。
落ちこぼれ王子リンが
解き放った
一枚の「紙きれ」が、
やがて
大陸全土の経済を
根底から揺るがす
最大の爆薬と
なろうとしていた。
「紙くずを押し付ける気か!」
「金貨を返せ!
俺たちが汗水流して
働いた金を騙し取る気か!」
アリスト中央広場。
怒号と罵声が渦巻き、
幾千もの民衆が
手に手を取って
行政庁舎を取り囲んでいた。
前日に発令された
「セルヴァ札(新紙幣)」への
強制切り替え令。
帝国の経済制裁によって
パンの価格が高騰する中、
行政側から手渡されたのは、
輝く金貨ではなく
印刷されたばかりの
薄っぺらな「紙」だった。
民衆の不満と恐怖は
頂点に達し、
いつ暴動へ発展しても
おかしくない緊迫感が
街を覆っていた。
庁舎の二楼バルコニー。
怒れる群衆を見下ろす
ラグナルが、
汗を拭いながら
リンへ耳打ちする。
「殿下……限界です。
民の恐怖は
ピークに達しています。
カイゲンの密偵どもが陰で
『王子は金を奪って逃げる気だ』
と扇動している形跡もあります。
今すぐ兵を出して
鎮圧しなければ……!」
「兵など出す必要はない」
リンは静かに首を振り、
つばの広い旅人笠を
深くかぶり直した。
「民が怒っているのは、
紙だからではない。
『その紙で
腹が膨れるか分からない』
からだ。
ならば、
分からせてやればいい」
リンは
バルコニーの前に進み出ると、
広場に向けて声を張り上げた。
「静かにしろ!!」
魔導拡声器を通した
リンの声が、
地鳴りのような怒号を
静まり返らせる。
「アリストの民よ!
俺を信じろなどとは言わん!
綺麗事の言葉など、
俺も貴様らもとっくに
泥の中に捨てただろう!」
リンは
胸ポケットから束になった
『セルヴァ札』を取り出し、
高く掲げた。
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