1 - 第1話「封鎖された金貨と新しき紙 」
第3部「 新貨と覇権編 」 第1章「 破滅の『紙くず』」
アリストが
「海賊の海峡」を征服し、
独自の
『セルヴァ黄金航路』を
開いてから数ヶ月。
ラグナ大国際港の喧騒は、
ついに
その限界を
超えようとしていた。
連日連夜、
黒煙を吹き上げる
地下の工廠からは
加工済みの魔素鋼が
吐き出され、
港には
異国の船が所狭しと
ひしめき合っている。
アリストの民は
もはや誰一人として
飢えに怯えることなく、
泥に塗れて働き、
手に入れた金貨で
温かい肉と酒を貪っていた。
だが、
この「爆発的な富」は、
大陸の
旧き支配者たちにとって
許しがたい暴挙に
他ならなかった。
「……ついに動き出したか。……」
アリストの中央行政庁舎
(かつての関税庁舎)の執務室。
旅人笠を机に置き、
羊皮紙の報告書を見つめる
リンの傍らに、
深刻な面持ちの
ラグナルが立っていた。
「はっ。
北方『神聖帝国』と
カイゲン本国『中央評議会』が
密約を交わしました。
本日未明、両国は同時に
『対アリスト全貿易停止声明』
を発令。
我が国への
穀物、
資材、
医薬品の輸出を
全面的に禁止すると
同時に、
我が国が発行する
いかなる手形や
貿易価値も認めない……
事実上の
『完全経済封鎖』です」
ラグナルの手が
拳へと握りしめられる。
「さらに凶悪なのは、
両国が
大陸中の
商業ギルドに対し
『アリストの製造する
魔素鋼を買う者は
帝国および
カイゲンへの立ち入りを
禁ずる』と
脅迫したことです。
これにより、
我が国へ向かっていた
民間商船の7割が
引き返しつつあります」
かつての武力による
「海上封鎖」は、
対艦巨砲と
海賊の殲滅によって
打ち破られた。
だが、
相手が次に
繰り出してきたのは、
血を流さずに
国家の息の根を止める
「市場からの隔離(経済制裁)」
だった。
「食料自給率の低い
我が国にとって、
穀物輸入の停止は
致命的です」
ラグナルの声が震える。
「アリストの街にはいま、
金貨が
溢れ返っております。
しかし……
どれほど金貨があろうとも、
買い取るべき小麦や肉が
国外から入ってこなければ、
金貨などただの
『重い黄色いゴミ』
に過ぎません。
すでに市場では
小麦の価格が十倍に
跳ね上がり、
パニックが
起きかけております……!」
どれほど金を稼いでも、
買うものが無ければ
腹は膨れない。
旧体制の「誇り」を捨て、
代わりに手に入れた
「金銭」の価値
そのものを無力化する――
これこそが、
大陸の超大国たちが
仕掛けた最悪の
兵糧攻めだった。
「ハハハ!
参ったぜ、
あのインテリ貴族どもめ!」
ドカドカと
ドアを蹴破って
入ってきたのは、
カイゲン商業連合の
ガルド提督だった。
豪奢なシルクのコートを
脱ぎ捨て、
不機嫌そうに
葉巻を床に吐き捨てる。
「本国の
元老院の野郎ども、
ついに本気で
俺たちの首を
絞めに来やがった!
カイゲン本国にある
俺の口座も全額凍結だ!
アリストに溢れてる
金貨も、
国外へ持ち出せなきゃ
ただの
絵描きのコインだぞ!
どうするんだ?
落ちこぼれ王子!?」
アリストの街から、
徐々に
笑顔が消えつつあった。
広場では、
跳ね上がった
パンの価格に対し、
民衆が
手持ちの金貨を
握りしめながら
怒号を上げている。
「金はあるのに、
食料が買えない」
という
新たな地獄が、
アリストを
飲み込もうとしていた。
しかし。
巨大な危機を前にして、
リンの表情には
一筋の焦りすら
漂っていなかった。
むしろ
その瞳の奥には、
狂気的なまでの計算と、
新時代を切り開く野心が
ギラギラと
燃え上がっていた。
「……ふっ」
リンは
静かに立ち上がると、
懐から一枚の
「小さな紙片」を取り出し、
テーブルの上へ放り投げた。
「な……なんだ、これは?」
ガルドとラグナルが覗き込む。
そこに置かれていたのは、
金貨でも銀貨でもない。
アリストの極秘印刷所で、
大霊樹の特殊な樹皮と
魔素インゴットの粉末を
混ぜ込んで刷られた、
見たこともない
「一枚の紙(紙幣)」だった。
紙の表面には、
アリストの象徴である
「赤手形の紋章」と、
鮮やかなインクで
『百アリスト札』という
文字が刻まれている。
「紙……だと?」
ガルドが
義眼を剥き出しにして叫んだ。
「おいおい王子!
金貨が
紙くずになりかけてるって時に、
本物の『紙』を
出してどうすんだ!?
こんな
印刷しただけの紙きれで、
誰が小麦や肉を売るってんだ!」
「金貨とは何だ、ガルド?」
リンは問いかけた。
準備が出来ましたので、
投稿を再開します。
本日 17:10 に投稿します。




