第二部【狂乱の海原編】第二章【大渦の覇者】第一話【 黒い海峡と幻の金貨 】
カイゲン本国第三艦隊との
「開国戦争」を、
圧倒的な奇策と対艦巨砲の
一撃で破砕してから一ヶ月。
ラグナ大国際港は、さらなる
狂乱と熱気に包まれていた。
海上封鎖が解除され、
対等な貿易条約が結ばれたことで、
アリストから産出される
「魔素鋼インゴット」の価値は
跳ね上がり、
大陸各地から一攫千金を狙う
船乗りや商人が雪崩れ込んできたのだ。
「見ろよ!
あれがカイゲン本国を脅迫して
降伏させた『対艦巨砲』だ!」
「凄まじいな……。
あんな大砲を量産されたら、
海のどの艦隊も太刀打ちできねぇぞ!」
断崖絶壁に鎮座する黒鉄の巨砲を見上げ、
異国の商人たちが口々に叫ぶ。
港の酒場では、かつて
「飢えで死にかけていた哀れな民」
だったセルヴァの労働者たちが、
肉汁の滴る肉塊を喰らい、
金貨を傾けて高笑いしていた。
「正義だの誇りだのと言ってた頃より、
いまの方が100倍マシだ!」
「リン摂政殿万歳! 腹がいっぱいなら、
どんな泥仕事だってやってやるぞ!」
街全体に満ちあふれる、
生々しく泥臭い活気。
だが、その喧騒を離れた港の最奥――
厳重な警備が敷かれた第一ドックの影で、
リンは腕を組み、
冷静に黒い海を見つめていた。
「……浮かれすぎだな」
「無理もありません」
背後に佇むラグナルが、
苦笑いを浮かべながら言った。
「大海原の支配者である
カイゲンを返り討ちにし、
対等な貿易を勝ち取ったのです。
民も、地下闇市出身の商人たちも、
自分たちが世界を制した
ような気分になっておりますよ」
「だからこそ危ういのだ」
リンは笠を深くかぶり直し、
足元の波打ち際を指さした。
「ガルドから本国の極秘情報が届いた。
第三艦隊の敗北を受け、
カイゲン中央評議会の元老院どもは
完全に面目を潰された。
あやつらは
表向きの対等条約に従いながら……
裏で『真の怪物』を放った」
「真の怪物、ですか?」
「ああ」
リンの瞳に、鋭い警戒の色が宿る。
「カイゲン本国が抱える非公認の私設艦隊
……『黒い海峡』を縄張りとする、
大海賊ガルザスとその黒漆艦隊だ」
カイゲン商業連合は、
表の顔は洗練された貿易国家だが、
その裏には他国の船を襲い、
密輸と掠奪を繰り返す
「国家公認の海賊」を飼い慣らしていた。
元老院は正規軍である
第三艦隊を動かせなくなったため、
裏社会の暴力装置であるガルザスを使い、
セルヴァへ向かう他国の交易船を
「海賊行為」として
片っ端から沈め始めたのだ。
「補給路の切断……
事実上の裏からの経済封鎖か」
ラグナルが表情を硬くする。
「せっかく
他国との自由貿易を開いたというのに、
海に出ていく交易船がことごとく
海賊に襲われては、誰も
アリストへ足を運ばなくなりますぞ。
しかもカイゲン本国は
『海賊の暴走であり、我が国は無関係だ』
と突っぱねる気でしょうな」
「表のルールで勝てないとなれば、
裏の暴力で潰しに来る。……
実にあの腹黒い貴族どもらしいやり口だ」
リンは不敵に笑い、
腰の長剣の柄を軽く叩いた。
「だが、おあつらえ向きだ。
海賊だろうが、本国の艦隊だろうが、
俺たちの邪魔をする奴は全員
『ビジネスの障害』に過ぎん」
「殿下、まさか……
今度は海へ出られるおつもりですか!?」
「当たり前だ」
リンは振り向き、
第一ドックの暗がりを指さした。
そこに浮かんでいたのは、
かつての
豪奢な王室専用船を跡形もなく解体し、
カイゲンの造船技術と
アリストの魔素鋼装甲で改造された、
無骨で凶悪な
漆黒の「新型装甲突撃船」だった。
船首には、かつての王家の意匠ではなく、
第二章でリンが掲げた
「赤手形の黒旗」が
誇らしげにはためいている。
「陸の戦いは終わった。
地上を固めたなら、
次は海の中の『毒虫』を退治する。……
ラグナル、闇市の元用心棒どもと、
カイゲンの裏社会に通じた水夫を集めろ」
「はっ! して、作戦は?」
「単純だ」
リンは冷酷な笑みを浮かべ、
海原の彼方を見据えた。
「海の掟が『暴力と掠奪』なら、
俺たちはそれ以上の
『圧倒的な凶悪さ』で
奴らを返り討ちにする。……
カイゲンの海賊どもに教えてやろう。
泥を啜って生き残った俺たちの
生命力が、どれほど苛烈なものかをな」
陸の旧体制を叩き潰し、
巨大国家の圧力を退けた
落ちこぼれ王子リン。
物語はついに、
ルール無用の海賊どもが渦巻く
「漆黒の大海原」へと攻め込んでいく――。
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9/26、18:30 に投稿します。




