第二部【狂乱の海原編】第一章【開国の咆哮】第三話【 咆哮する巨砲 】
陸の王宮を倒し、
泥の中から這い上がった王子リン。
海からの圧迫に対し、
彼は「国家そのものを人質に取る」という
破天荒な奇策で、
巨大国家カイゲンを更なる狂乱の渦へと
引きずり込もうとしていた。
沖合三マイル。
黒鉄の装甲に包まれた
カイゲン本国第三艦隊の旗艦
『カイザー・ヴェゼル』の甲板上には、
冷たく重苦しい不穏な空気が
立ち込めていた。
「バ、バカな……! 狂っている!
この泥の王子は正気ではない!!」
司令後方の豪華な執務室で、
ヴィンセント特使が
解放された密偵の持ち帰った密書を
握りつぶし、
惨めに金切り声を上げていた。
「『鉱山を自爆させる』だと!?
『技師千人を人質にする』だと!?
我がカイゲンに対し、
このような脅迫が通用すると
本気で思っているのか!
蛮族め! 恥を知れ!」
だが、
その向かいに座る第三艦隊司令官・
ボールドウィン提督の厳めしい顔は、
冷や汗に濡れていた。
彼は
何十戦も潜り抜けてきた生粋の軍人であり、
同時に「鉄」と「兵糧」の重要性を
誰よりも熟知する
リアルな計算のできる男だった。
「……ヴィンセント特使。
笑い事ではありませんぞ」
ボールドウィンは
低く太い声で言い放った。
「我が第三艦隊の最新鋭装甲艦の装甲、
そして
本国で建造中の第四世代艦隊の骨組みは、
すべて
あのセルヴァから産出される高純度の
魔素鋼に依存している。
もし奴らが本当に鉱山を破砕し、
技師を殺せば、
我が国の造船計画は数年単位で凍結……
いや、失脚するのは我々の方だ」
「な……なにを弱音を吐いているのだ
ボールドウィン!
奴らはただのハタリ(脅し)だ!
貧乏国家が自ら飯の種を潰すはずが――」
その瞬間であった。
―――ズドォォォォォォンッ!!!!
腹の底を激しく揺さぶる巨響が、
海面を裂いて響き渡った。
「な、なんだ!? 敵の砲撃か!?」
「報告! ラグナ港の沿岸要塞から発射音!
弾着――本艦の前方わずか二百メートル!」
甲板から悲鳴のような報告が飛び込む。
ボールドウィンとヴィンセントが
慌てて甲板へ飛び出すと、
海面には
巨大な水柱が天を突くように立ち上っていた。
「バカな……!
沿岸の旧式砲があの距離まで届くはずが――」
ボールドウィンが双眼鏡を覗き込み、
息をのんだ。
ラグナ港の断崖絶壁。
そこには、かつて王宮が
「神聖な大霊樹の景観を損ねる」として
放置していた古い要塞が組み直されていた。
その中央に鎮座していたのは、
見たこともない漆黒の長砲身を持つ
巨大な魔導大砲――アリストの地下工廠で、
カイゲンの技術とセルヴァの魔素鋼を
融合させて鋳造された
『対艦用魔導巨砲』だった。
「……はずれたのではない」
ボールドウィンは震える声で呟いた。
「奴らは……
『いつでもお前たちの旗艦を撃ち抜ける』
と警告しているのだ……!」
ラグナ港の断崖の上。
巨砲の横に立ち、
潮風に黒い外套をはためかせているのは、
旅人笠を深くかぶった第二王子リンだった。
その隣には、不敵にあざ笑うガルド提督と、
長剣を構えたラグナルが控えている。
「ふむ。初速、飛距離ともに申し分ないな」
リンは
黒煙を吐き出す巨砲の砲身を軽く叩き、
満足げに笑った。
「ガルド。
お前たちの持ってきた最新の魔導回路と、
我が国の魔素鋼の組み合わせは最高だ。
海の上の鉄の塊など、
ただの動く標的に過ぎん」
「ハハハ! 痛快だぜ王子!」
ガルドが大爆笑しながら義眼を光らせる。
「本国の気取った提督ども、
今頃甲板で腰を抜かしているはずだ!
あいつらは
『内陸の貧乏国』を見下していたが、
自分たちが作った技術と、
お前さんが掘り出した鉄が合わさった時の
狂暴さを、
まるで理解していなかったんだよ!」
「連絡艇を出せ」
リンは沖合に浮かぶ黒い艦隊を見つめ、
静かに命じた。
「第三艦隊司令官・
ボールドウィンへ伝えろ。
『海上封鎖を解除し、
カイゲン本国との新たな
“対等条約”のテーブルにつくか。
それとも、
全艦隊をこのラグナ沖のサメの餌にするか』
……選択肢は二つに一つだとな」
数時間後。
ラグナ港の特設会談場。
重い足取りで
陸に上がってきたボールドウィン提督と、
顔色を失ったヴィンセント特使は、
目の前に座る「泥の王子」リンと
向き合っていた。
テーブルの上には、
リンが用意した
新たな協定書が置かれている。
『一、カイゲン本国は、
セルヴァ王国の主権および経済的独立を
完全に認めること。
二、カイゲン艦隊のラグナ港駐留を禁止し、
貿易は
両国の合意に基づく自由価格で行うこと。
三、セルヴァ王国は、
高品質な魔素鋼インゴットの優先供給権を
カイゲンに与えるが、
価格決定権はセルヴァが握ること』
それは、かつて「追放された弱小国」が、
海の絶対者である
「カイゲン巨大商業国家」に対し、
完全に対等……いや、実質的に
有利な条件を突きつけた驚天動地の条約
だった。
「……リン摂政殿」
ボールドウィンは、深く重いため息をつき、
静かにペンを取った。
「我がカイゲン第三艦隊は……
これより海上封鎖を解除する。
……あなたの『覚悟』と、
この国の『鉄の力』を、
完全に見誤っていたことを認めざるを得ない」
「ボールドウィン! 正気か!?
本国の元老院が
このような侮辱を許すはずが――」
「黙れ、ヴィンセント!!」
ボールドウィンが雷のような怒声を上げた。
「これ以上この男を追い詰めれば、
我が国の
造船業と経済そのものが道連れに破滅する!
政治屋の机上の空論で、
我が艦隊を全滅させるわけにはいかん!」
ボールドウィンは
一気に協定書へサインを走り書きすると、
リンに向かって深く頭を下げた。
「……見事な手腕だ、落ちこぼれ王子。
カイゲン本国も、
今日からはお前たちを『植民地』ではなく、
恐るべき
『対等な怪物』として扱うことになるだろう」
「感謝するよ、ボールドウィン提督」
リンは羊皮紙を受け取り、不敵に笑った。
「俺たちは元々、何も持っていなかった。
失うものがない奴一人が、一番強いのさ」
こうして、
大海原の支配者カイゲンとの「開国戦争」は、
一発の砲撃と、
国家を賭けた圧倒的な脅迫によって、
セルヴァ王国の完勝で幕を閉じた。
自国の資源を泥臭く守り抜き、
外資の呑み込みを撥ね退けたセルヴァ。
綺麗事を捨て、
泥を啜って立ち上がった内陸の小国は、
ついに
海の彼方までその威名と「鉄の覇権」を
轟かせようとしていた。
(第二部・第一章 完)
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カイゲン本国第三艦隊との
「開国戦争」を、
圧倒的な奇策と対艦巨砲の一撃で
破砕してから一ヶ月。
ラグナ大国際港は、
さらなる狂乱と熱気に包まれていた。
海上封鎖が解除され、……。
9/19、18:30 に、第2章 第1話を投稿します。




