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第二部【狂乱の海原編】第一章【開国の咆哮】第一話【黄金の港と黒い影(上)】

(父上。あなたが愛した気高き聖国は

 死にました。……ですが見なさい。

 この泥の中から、決して倒れぬ

 最強の国が産声を上げたのです)


過去の栄光と形式主義に殺されかけた

大国が、

美徳を捨て、泥を喰らい、

欲望を牙として解き放った瞬間。


落ちこぼれ王子と、

泥臭き民たちが紡ぐ

「爆発的成り上がり」の歴史が、

いまここから世界を塗り替えていく――。

(第一部・完)

アリストの街を飲み込んだ

熱狂の戴冠式から一年。


かつて「神聖なる清貧」という名の

呪縛に縛られ、

民が静かに餓死していったセルヴァ王国は、

いまや大陸南半において最も異様で、

最も爆発的な活気に満ちた

「欲望の巨大都市」へと変貌を遂げていた。


「おい、邪魔だ。どけ!

 南方の海原国カイゲンから届いた

 特製の魔導掘削機のお通りだぞ!」


「そっちの荷揚げを急げ!

 東方の商業連合への

 インゴット出荷船の出港は正午だ!

 遅れたら

 港湾局のリン殿下の直属部隊に

 身ぐるみ剥ぎ取られるぞ!」


アリストの南、かつては

朽ち果てた廃墟に過ぎなかった

「旧ラグナ港」は、

拡張に次ぐ拡張を重ね、

昼夜を問わず黒煙と潮風が交錯する

「ラグナ大国際港」へと

生まれ変わっていた。


港に敷き詰められた石畳の上を、

数馬力の大型魔導貨車が

重厚な金属音を立てて走り抜ける。


船着き場には、

カイゲンの金色の双頭海蛇の旗、

東方商業連合の三重天秤の旗、

そして北方の交易都市の旗を掲げた

無数の

巨大交易船がひしめき合っていた。


船から降ろされるのは、

山のような高級食材、異国の織物、

そして最新の魔導兵器や建築資材。

代わりに船へ積み込まれていくのは、

アリストの旧王立工廠で

昼夜を問わず

民の手によって一次精錬された、

高純度の「魔素鋼インゴット」の山だ。


かつて王宮の老臣たちが

「聖域の禁忌きんき」として

封印していた

大霊樹周辺の魔導鉱石は、

いまやこの国の血となり、金となり、

民の胃袋をどこまでも満たしていた。


「……信じられんな」


港を一望する高台の監視塔。


海風に黒い外套をなびかせながら、

ラグナルは

眼下に広がる黄金の港を見下ろし、

感嘆の息を漏らした。


「わずか一年前まで、

 ここは見張りすら餓死しかけていた

 惨めな廃港でした。

 それが今や、

 大陸中の金と物資が雪崩れ込む

 一大交易拠点……。街の路地裏では、

 昨日まで物乞いをしていた子供が、

 密輸の手伝いで手に入れた銅貨で

 焼きたての肉パンを

 貪り喰っております」


「喜ぶのはまだ早いぞ、ラグナル」


その隣で、

つばの広い旅人笠を深くかぶり直し、

腕を組んでいたリンが言った。


リンの姿は、

一年前の落ちこぼれ第二王子の頃と

何一つ変わっていない。

豪奢な王族の衣装を拒み、

実用的な黒い綿着を纏い、

腰には研ぎ澄まされた長剣を一本。


「外見(見た目)は絢爛豪華になったが、

 我が国の足元はまだ薄氷の上だ。

 カイゲンからの投資と技術指導で

 成り立った急ごしらえの繁栄に過ぎん。

 民は金と食料に酔いしれているが、

 外の世界……特に『海』の支配者どもは、

 我が国のこの急速な肥大化を

 黙って見過ごすほど甘くはない」


「海の支配者……カイゲン本国の、

 中央評議会(元老院)ですな」


ラグナルが表情を硬くする。


これまでアリストへ投資し、

リンと「泥の同盟」を結んでいたのは、

カイゲン商業連合の

現場叩き上げであるガルド提督個人と

その私設艦隊だった。


しかし、セルヴァ王国が産み出す

莫大な「魔素鋼」と「巨大な利権」の噂は、

当然ながら

カイゲン本国の強欲な中央貴族や、

他の巨大海運派閥の耳にも届いていたのだ。


「ガルド提督は

 泥臭い叩き上げの商人だが、

 本国の中央評議会は違う」


リンは港の最奥、

異彩を放つ一隻の超大型装甲軍艦に

視線を向けた。


それはガルドの所有する交易船とは

明らかに異なっていた。


船体全体が黒鉄の装甲で覆われ、

船首には凶悪な大砲(魔導砲)が

何座もギラリと光を反射させている。


カイゲン中央評議会から派遣された

「査察使節団」の旗艦だった。


「あの者たちは、我が国を

『対等な貿易相手』などと思っていない。

 過去に我が国が追放した腹いせも含め、

『落ちぶれた内陸の田舎国が、

 運良くお宝を掘り当てただけ』と

 見下している。

 ガルドが作った緩い契約を破棄し、

 我が国を完全にカイゲンの

『直轄植民地』として組み込もうと

 画策しているのだ」


「植民地……!

 ガルシア大公を倒し、

 せっかく民が掴み取った

 この自由と繁栄を、

 今度は異国の貴族どもに

 奪われるというのですか!?」


ラグナルが剣の柄を強く握り締めた。


「奪わせはしないさ」


リンは笑みを浮かべ、

監視塔の階段を静かに下り始めた。


「王宮の老いぼれどもを

 叩き潰した時と同じだ。

 奪いに来る奴がいるなら、

 そいつの首根っこを掴んで

 泥の中に引きずり込み、

 返り返り討ちにしてやるまでのこと。……

 行くぞ、ラグナル。

 カイゲンの中央から届いた

『偉そうなお客様』をお迎えに行く時間だ」


港の最奥、

かつて王家の税関事務所だった建物は、

いまやカイゲン査察使節団の臨時の

「陣営」と化していた。


豪奢な絨毯が敷き詰められた室内の奥、

金糸の刺繍が施された贅沢な椅子に

深々と腰掛けていたのは、

白髪を綺麗に整え、

細いフレームの眼鏡をかけた

神経質そうな男――

カイゲン中央評議会の特使、

ヴィンセント子爵だった。


その脇には、

不機嫌そうに腕を組み、

壁に寄りかかるガルド提督の姿もあった。


「……ふむ。話には聞いていたが、

 想像以上に下品で品性の欠けた街だな」


ヴィンセント特使は、

手元の絹の手拭いで鼻を覆いながら、

窓の外の喧騒を冷ややかに見下ろした。


©2026 [風風風]. All rights reserved.

「泥と油の匂い、異民族の怒号、

 そしてルールも解さぬ蛮民ども。

 ガルド提督、

 君はこのような肥溜めのような場所に、

 本国の貴重な金貨と機材を

 大量に投じたというのかね?

 狂気の沙汰としか思えん」


明日、18:30 に、第1話(下)を投稿します。

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