第一部 【 停滞の掟と、餓えゆく王国 】 第三章 【 炎上する聖域 】 第三話 【 白いパンと赤き旗 】
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【第3章 第3話 スタート!/毎日 18:30 更新予定です】
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~生きるために怒り、貪り、貪欲に食らいつく「群衆のエネルギー」が解き放たれた~
王宮の威光に怯えていた民衆が、手に手に石ころや作業用スコップ、空の木鉢を握り締め、近衛兵の鉄の壁に向かって怒涛のように押し寄せ始めます。
それでは、最新話をお楽しみください!
アリストの中央広場は、静寂から一転して暴風のような狂乱に包まれていた。
「な、なんだあれは……!?」
「王子様!? ……。 それに、あの匂いは? ……」
配給の列に並んでいた痩せこけた民衆が、波打つように押し寄せる。
噴水台の上に立つリンの足元には、カイゲンの密輸船から運ばれたばかりの蒸気立つ樽が並べられていた。蓋が叩き割られると、広場全体に芳醇な焼きたてパンの香ばしさと、濃厚な肉スープの匂いが爆発的に広がる。
何ヶ月も「栄光と清貧」という名の飢餓に耐えさせられていた民にとって、それは麻薬よりも強烈な理性の麻痺を引き起こした。
「食え! 遠慮はいらん!」
リンが先頭の老婆へ、白いパンと、削り節入りの熱々のスープを注いだ木鉢を手渡した。
「今日からお前たちは、誰かの許可を得て生きるのではない! 己の胃袋を満たすために喰らい、生きろ!」
老婆は震える手でパンを口に押し込み、次の瞬間、大粒の涙をこぼしながら叫んだ。
「う、うまい! ……。本物の、……、本物の麦だああぁぁっ!!」
その叫びが火種となった。
民衆が押し寄せ、我先にと白いパンへ手を伸ばす。そこには「王家の教義に従う従順な羊」の姿はなかった。生きるために怒り、貪り、貪欲に食らいつく「群衆のエネルギー」が解き放たれたのだ。
「殿下! 王宮から近衛の重装歩兵が出動しました! 数、およそ五百!」
広場の路地から駆け戻ってきたラグナルが、鋭い声で報せた。
大通りを埋め尽くすのは、銀色の重甲冑に身を包み、大盾と長槍をズラリと並べたガルシア大公の親衛部隊だ。その先頭には、黒い馬に跨ったガルシア大公本人が怒りに顔を歪ませて立っていた。
「愚かなる罪人どもめ!!」
ガルシアの声が魔法で拡張され、広場全体に轟く。
「第二王子リン! 異民族の牙毒を売り、聖なる教義を汚した謀反人め! 乱民ども、そやつに騙されるな! そのパンは魔国の毒薬だ! 直ちに武器を捨て、ひれ伏せ! さもなくば全員反逆者として討ち果たす!」
重装歩兵が一歩踏み出し、大盾を鳴らす。冷酷な「秩序」の圧迫感が広場を押し潰そうとした。
民衆の中に動揺が走り、怯えてパンを落とす者が現れかける。
だが、リンは笑った。
腹の底から、ガルシアをあざ笑うように高らかに笑い飛ばした。
「毒薬だと? ガルシア叔父上、お前にはこれが毒に見えるのか!?」
リンは手にした白いパンを高く掲げ、民衆に向かって叫んだ。
「見ろ! 王宮はお前たちが腹を満たすことすら『毒』だと宣う! 腹を空かせて静かに死ぬことだけが、あの者たちの言う『美徳』なのだ! お前たちは、……、この期に及んで、またあの空腹の地獄へ戻りたいか!?」
「嫌だ……! もう嫌だ!!」
「俺たちはパンが食いたいんだよ!!」
民の悲鳴が、怒号へと変わる。
「ならば拳を握れ!」
リンは長槍に結びつけた「赤手形の黒旗」を勢いよく振りかざした。
「誇りで腹は膨れない! 正義で明日は来ない! 俺たちの生きる権利は、俺たちの手で奪い返すんだ!!」
「ウオオオオオオオオオオッ!!!」
爆発した。
それまで王宮の威光に怯えていた民衆が、手に手に石ころや作業用スコップ、空の木鉢を握り締め、近衛兵の鉄の壁に向かって怒涛のように押し寄せ始めた。
「な、なに!? 抑え込め! 害虫どもを散らせ――」
ガルシアの狼狽した指示は、怒れる民衆の地鳴りのような咆哮にかき消された。
泥を啜り、暗闇で耐え忍んできた「持たざる者たち」の泥臭いエネルギーが、王宮の誇る「気高き鉄壁」を内側から破砕しようとしていた。
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