第7話
「じゃあ朝倉さんってお姉さんと2人暮らしなんですね」
「えぇ、大学の時からそうですね」
そう言った匠と同じソファーに座っているのは芽依だ。
金曜日の担当が変更になってから1ヶ月が過ぎた。
おっとりとした芽依の雰囲気もあってか、既に匠と芽依の間に緊張感は無く、奏の時と同様匠がタブレットに入力している間は雑談タイムとなる。
「お姉さんと2人ということは……お料理とかされるんですか?」
「いえ……平日は私が家に帰れるのが大体20時頃なのもあって各々用意する感じで……私の場合は大体コンビニで適当に買ってます。土日は余裕がある時は簡単なカレーとかハヤシライスとかを作ったり……って感じですかね」
それを聞いた芽依は少し驚く顔をする。
「銀行さんとかって15時に窓口閉まるんで、なんとなくもっと早く帰ってるのかと思ってました」
それを聞いて『あはは』と匠は笑う。
「よく言われますね。実際には定時に帰ってるのは事務職とパートさんだけですね」
15時になり店のシャッターが降りると、事務職とパート達は一斉に締め作業を開始する。
その日1日動いた出納機の現金と伝票の金額が合っているか確かめるのだ。
そして問題なく御明算となると、各々細々とした仕事を片付け定時の17時に帰っていく。
よく『1円違うだけでも帰れないんでしょ?』と言われることがある。
それはもちろんそうなのだが、1円だけずれるということはあまりなく、大体ずれる時は伝票1枚分が漏れていたりするせいなので、数千円から数万円程度の金額がずれることがほとんどだ。
「我々営業はそもそもお店に帰るのが16時なんですよね。それから外で預かった現金を機械に入金して、伝票整理して事務に翌日処理用として回して、ってやってるとそれだけで17時ですね」
「その後は何してるんですか?」
芽依は興味深そうにふんふんと頷きながら匠を見ている。
「融資の稟議書を作ったり、お客様から預かった保険や投資信託の申請書類を作成したりといったことが多いですね。あとは会議したり翌日の訪問先を考えたりとかですね」
そんな事をしていたらあっという間に退社時間の19時だ。
19時以降の残業は本部に申請がいるし、支店長の評価に関わるらしくよほどのことが無い限り認められない。
それもあり基本的に時間が足りないことの方が多いが、極稀に時間が余った時は上司や同僚の書類作成を手伝い、基本的には総合職全員で一斉に店を出る。
これは防犯の意味合いも兼ねている。
昔とある信用金庫で、残業で深夜まで残っていた職員が外に出た際、裏口で待ち伏せしていた人物に刃物で襲われるという事件があったらしい。
それ以来退社時は全員で一斉に出るというのが決まりとなったそうだ。
「でもこれでも早くなったそうです。私が入庫する数年前までは毎日20時退社だったらしいので」
「働き方改革ってやつのおかげですね。私の前の会社も大分色々と変わってましたし」
『そうですそうです』と匠は返した後、好奇心から芽依に質問を投げかける。
「藤森さんは前職はどんなことをやられてたんですか?」
そう聞かれ芽依は『えっと……』と少し困ったような表情をした後。
「朝倉さんは五ノ上商事ってご存知ですか?」
と言った為、思わず匠は芽依を見る。
「知ってるもなにも……え!? マジっすか!?」
驚きのあまり匠は素が出るがそれも仕方ない。五ノ上商事と言えば日本を代表する大手総合商社の1つだ。
日本に住んでいれば少なくともCMで名前くらいは聞いたことがあるだろう。
匠は総合商社にそこまで詳しくは無いが、一般的なイメージとしては『全世界を股にかけてありとあらゆる商品やサービスを取り扱い、売り手と買い手を繋ぐ会社』といったところだろうか。
その仕事内容は激務と聞くが、その分年収もかなり高いらしく『商社マン』と言えば。
「めちゃくちゃエリートじゃないですか!!」
と匠が驚くのも無理はないのだ。
「あ、いえいえ私は一般職だったのでそんなことは……」
芽依はそう謙遜するが、それでも相当なエリートであることは間違いないだろう。
おっとりとした雰囲気の芽依からは想像がつかなかったこともあり、匠がただただ驚いていると。
芽依は眉尻を下げ、困ったような表情をした後。
「結局丸3年で辞めちゃいましたし」
と恥ずかしそうに言った為、匠は『勿体ない』と一瞬思ったものの。
「勝手なイメージですが、大変そうですもんね」
と言うと、芽依は一度深く頷き。
「えぇ……本当に……色々と大変でした……」
としみじみと言ったので、匠はそれ以上詮索することはしなかった。
少しの沈黙が訪れた後、芽依は唐突に思い出したように。
「あ、一応……彼氏は同期なんです」
と言ったため、匠はいきなりのことに動揺し。
「そ……そうなんですね……」
とぎこちなく返すので精一杯なのであった。




