第6話
「担当の変更ですか?」
花岡事務所での集金時、匠が預かり物件をタブレットに入力していると、奏から唐突に集金の担当が変更になると告げられた。
今日の奏は水色のシャツにグレーのワイドパンツ。上に紺色のジャケットを羽織っていて可愛いと言うよりはかっこよくまとまっているが、匠は今はそれどころでは無かった。
「はい、最近経理部に中途で新しい人が入ってきたんです。で、部長が『良い経験になるからやらせよう』と言い出して」
突然そう言われて匠は平静を装いながらも内心動揺する。
まさか2ヶ月余りで担当が変わるとは思っていなかったし……正直奏との時間をどこか楽しみにしていた自分がいたのは否定できない。
その時間が唐突に終わる……。
「そ……そうですか……また突然ですね……」
辛うじて匠がそう絞り出すと。
奏は匠の内心を知ってか知らずか『ふっ』と一度笑い。
「まぁ金曜日だけなんですが」
とさらっと言う。
「へ……あ……金曜日だけ……?」
頭の回転が追いつかず匠は素っ頓狂な声を出す。
「えぇ、火曜日は私が引き続きで、金曜日は新人が対応するって感じですね」
そう言った奏の言葉でやっと状況を正確に理解した匠は、小さく安堵のため息を漏らす。
「そ……そういうことですか……」
と言いながら匠は再度平静を装う。
奏との時間が完全に無くならなかったことに安心しつつ、それでも1週間に2回会っていたのが1回になるという事実に対して匠の中に湧いてきたのは……。
『嫌だな……』
と思う気持ちだ。
勿論匠と奏は仕事上の付き合いであって、担当が変われば終わる関係だ。
匠だってあと何年かすれば支店の異動で花岡事務所の担当から外れる。
そう頭で分かっていても湧き出てきた子供みたいなこの気持ちは、間違っても口にしてはいけないな、と匠が内心苦笑した瞬間――。
「私は正直嫌なんですけどね」
と奏が口にする。
思わず『え?』と口から漏らしながら匠がタブレットから目線を上げて奏を見ると、奏は少し恥ずかしそうにはにかんだ後。
「この時間ってなんていうか……合法的にサボれる時間だったので……仕事中の癒しタイムというか……それが減っちゃうので」
と言いながら『えへへ……』と少し照れくさそうに笑う。
「あぁ……なるほどそういう……」
匠は早合点したことを恥ずかしく思いつつも、危うく『私もです』なんて口走りそうになったことに心臓がバクバクと脈打っていたが、それを悟られぬように努めて冷静なふりを装う。
もし匠がそれを口に出していたら、それは『奏と会う機会が減るのが嫌だ』という意味に他ならない。
大変な事故になるところだった……と、匠が1人反省会をしていると。
「ほんとは今日一緒に来て紹介する予定だったんですけど、直前に部長に別件で捕まってて……そろそろ来るとは思うんですけど……」
と、奏が言いつつエントランス奥の自動ドアに目を向けたと思ったら『お、噂をすればというやつですね』と言った為、匠も視線を向ける。
自動ドアが静かに開くと、その向こうには1人の女性が微笑みながら立っていた。
身長は奏よりも少し低いくらいだろうか。
だがスーツを着ていることもあってか、全体的な雰囲気は立派な社会人のお姉さんといった感じで大人びている。
下がり気味の眉と肩甲骨辺りまであるストレートの黒髪も相まって『大和撫子的な美人だな』と匠が感想を思い浮かべていると。
「遅くなってすみません」
と言いながら、ゆっくりと柔らかさを感じる動作で会釈をした後、その女性はやはりゆっくりとした動作でエントランスに入ってきた。
匠は女性が手に名刺ケースを持っていることを認識すると慌ててソファから立ち上がり、名刺交換をする。
受け取った名刺には『経理部 藤森 芽依』と記されていた。
「これからよろしくお願いします」
と、芽依は目を細めながら眉尻が下がる特徴的な笑顔を見せながら、柔らかくそう言った。




