第50話
「失礼します!」
と匠が鎌蔵興業の事務所の扉を開けると、ちょうど鎌蔵社長と経理担当が真剣な顔で何かを話し合っているようだった。
2人の顔が開いた扉へと向けられるが、それが匠だと分かると鎌蔵社長は怪訝そうな顔をする。
「朝倉さん……? どうしたんですか……?」
「ちょっとお話をしたいことがありまして! 手形貸付の許可が下りたんです!」
そう言われた鎌蔵社長と経理担当はピンと来ていない様子だったので、匠ははやる気持ちを抑え制度を一から説明する。
――――
「なるほど……売上さえあれば手形を振り出してそれを担保に融資を受けられると……」
そう言った鎌蔵社長は驚きを隠せない様子だった。
「えぇ……もちろん今後の売上があれば……なんですが……」
「実はちょうどその話で経理と相談していたんですよ……さきほど200万円ほどの契約が取れたんですが……どう早くても入金は半年後になりそうで……それまでの支払いをどうしようかと……もう口座残高もほとんど無くて……」
そう言われ、今度は匠が驚く番だった。
「も……もう契約が取れたんですか……!?」
「えぇ……なんとか1件ですが……」
驚きながらも匠は何か確信めいたものを感じた。
やはりこの社長の行動力や実行力は特別な何かがある……と。
「契約が証明できそうなものはありますか?」
「注文書の写しでしたら……」
そう言いながら経理担当が注文書の写しを差し出してきた。
匠がそれを確認すると確かに200万円ほどの契約が記されている。
「……分かりました、これを使いましょう……ちなみに直近の支払いは何時なんですか?」
匠がそう問うと2人はやや気まずそうに顔を合わせた後、鎌倉社長が言い辛そうに口を開く。
「……実は今日……なんですよね……」
その言葉に匠は再度驚くが、頭の中で冷静に考える。
『まだ朝だし……この後の約束は無い……手形貸付なら審査も早いから……』
匠は1つ頷くと2人の顔を見る。
「分かりました……夕方までにはなんとか……」
――――
その後匠は支店に戻ると稟議書を作り至急扱いで融資担当へと回した。
そして夕方支店長の決裁が下りたことを確認し、手形貸付の実行書類を手に再度鎌蔵興業へと向かう。
実行書類と今日が期日だという支払先への振込書類を預かり、実行。
鎌蔵興業の口座には200万円から期日までの利息分が引かれた金額が入金された後、無事支払先への振込も完了となった。
これが匠が鎌蔵興業へと実行した初めての手形貸付となる。
だがこの1回だけでは終わらない。
鎌蔵興業の資金繰りが安定するまではこれをひたすら繰り返し続けることとなる。
もちろん鎌蔵社長が今後も契約を取り続けることができなければ、売上が立たなくなるのでこの方法も取れなくなる。
細い細い一本のロープの上で綱渡りをするような不安定な状況で、それでも匠は数日に1回は鎌蔵興業を訪れ、新たな契約が無いか、支払わなければいけない金額はいくらで支払日はいつか等を確認し、必要があれば手形貸付を実行するということを繰り返した。
他の通常業務もこなしながら、肉体的にも精神的にも疲労を感じていたが、それでも匠は『自分にもできることがある』ということにどこか喜びを感じていたので全く苦では無かった。
ただひたすらに……。
ただただ愚直に匠は手形貸付を実行する。
繋げ……。
繋げ……!!
――――繋がれ!!!!
そう願いながら。
――――
匠が鎌蔵興業に手形貸付をし始めてから約3ヶ月後、18時を過ぎた頃支店の裏の出入り口のインターホンが鳴った。
たまたま匠がモニターの近くにいたため、ボタンを押しモニターに映った人物を確認すると、『お待ちください』と一言伝えた後、匠は裏の出入り口まで行き扉を開ける。
そこにはモニターに映っていた人物――鎌蔵社長が立っていた。
「どうしたんですか社長?」
特にアポも無かったし、何か用なら電話すれば済むので鎌蔵社長がわざわざ支店まで来た理由が思い浮かばず、匠が不思議そうにそう言うと鎌蔵社長は少し申し訳なさそうな顔をする。
「すみません遅くに突然……でも直接顔を見て伝えたくて……」
そう言うと鎌蔵社長は笑顔になった後、続ける。
「取れたんです……大型受注……しかも2件……」
「ほ……本当ですか……?」
話を聞くと新規取引先の大手ゼネコンに出していた見積りが通ったらしい。
1つは都内の商業ビルの案件でもう1つは都内の駅前再開発工事とのことだ。
その受注金額は今までの工事とは比較にならない程大きい。
どちらも来年から工事が始まるとのことで、もちろん手形貸付をすぐに止められるわけではないが……。
それでも……。
「……良かったですね……社長……」
匠は明るい未来が見えた気がして安堵する。
「朝倉さんがここまで必死に繋いでくれたおかげです……本当に……本当にありがとうございます」
そう言って鎌蔵社長は深く頭を下げた後、頭を上げると同時に困ったように笑う。
「……なんで……朝倉さんが泣いてるんですか……?」
その指摘の通り匠は眉間に皺を寄せて涙を流していた。
「だって……だって……本当に良かった……って……」
匠はそう言うと手で目を覆う。
涙は止まらず、肩は震えていた。
「やめてくださいよ……私までなんだか……」
そう言った鎌蔵社長も徐々に眉間に皺を寄せたと思ったら目尻から涙が溢れる。
そのまま2人はただただ泣き続けた。
支店の裏口で、男2人で静かに泣いたこの夜のことを、匠は一生忘れないだろう。




