第4話
「はぁ~……なんとも難しい話ですね……」
そう言いながら奏は拳を口に当て『むむむ』と唸っている。
奏が担当になってから2か月が経過した花岡事務所の集金時、匠は奏に美浦印刷の話をしていた。
もちろん個人情報には配慮をしているし、業態等の細かいところも全てぼやかしている。
要所要所を抜き出しながら、あくまで概要だけを雑談のネタとして提供していた。
ちなみに今日の奏は白いブラウスと黒いスラックスで、ブラウスには胸元に控えめにフリルがあしらわれておりとても上品に見え、奏によく似合っている……と匠は胸の中で感想を述べる。
「それでそれで? 結局どうなったんですか?」
奏は好奇心を隠そうともせず匠に尋ねる。
「次の日社長から電話がかかってきて『やっぱり会社を畳んで田舎に帰ることにした』と報告がありました」
「じゃあ奥様の意向に沿う形になったんですね」
そう言った奏の言葉に匠は小さく頷く。
「ただ自社ビルを売って清算した後残ったお金については、従業員に退職金として支払うことにしたそうです」
それを聞いた奏は疑問が浮かんだようで『そうなんですね……』と言いつつ、少し頭を傾ける。
「でもそれですと田舎に戻ってからの生活費は大丈夫なんですかね」
「まぁそれに関しては『田舎に戻ってからの生活はなんとか夫婦二人三脚でまた頑張りますわ!』と笑いながら言っていましたね」
そう言っていた三浦社長の声は憑き物が落ちたかのように明るく、また何かを決断したかのように力強かった。
きっとこうなった人間は強い。
なんとなくだが『大丈夫だろう』と匠は思う。
「っていうかあれですね、この話、熟年版『私と仕事どっちが大事なのよ!?』みたいな感じじゃありません?」
そう奏に言われて匠は、ぱちりと一度瞬きをした後、言い得て妙だな、と思う。
「確かに言われてみればまんまそれですね」
『ですよね』と言った後、奏はまたもや好奇心を隠そうともせず匠に尋ねる。
「ちなみに朝倉さんは彼女さんに『私と仕事どっちが大事なのよ!?』って言われたらなんて答えるんですか?」
そう言った奏の口元には若干にやにやとした笑みが浮かんでいた。
「えっ!? 私ですか?? いや彼女いたことな……あ、いやそんなこと無くもないというか……」
まさかそんな質問が飛んでくるとは露ほどにも思っていなかった匠はしどろもどろになり、自分でもよく分からないまま何かを口走る。
その様子を見た奏は更に好奇心がくすぐられたようだ。
「なんですかなんですかその反応は!? めちゃくちゃ気になるんですけど!!」
さきほどよりも一層にやにやした笑顔の奏にそうずいっと詰め寄られ、匠は『しまった……』と思うが、笑顔の奏に抵抗できる気もせず、観念するように『そんな面白い話じゃ無いですよ?』と前置きをしてから、大学時代の黒歴史をぽつぽつと話し始めたのだった。




