第48話
鎌蔵社長のまるで生気が抜けたかのような『……もういいです……』という言葉が匠の頭の中で何度も何度も繰り返し再生される。
最早匠にできることは無理矢理事業が継続できる計画を立てることで『条件変更』という一時的に既存の融資の支払の元本の返済を減らしたり、完全にストップして利息分だけを支払ってもらう制度の手続きを行うことくらいだろうか。
ふと気が付くと机の横に営業課長が心配そうに立っていた。
「……大丈夫か……?」
「……わ……からないです……こんなこと初めてで……」
自分の担当先で『資金繰りが厳しくなり融資を申し込んだものの断られる』という体験は匠は初めてだった。
もちろん美浦印刷のようなケースや『後継者がいないから』という理由で取引先が廃業することはあったが、それらはどれも代表者が納得し自ら選択したものである。
まだ鎌蔵興業が倒産すると確定したわけでは無いが、少なくとも保証協会はその可能性が非常に高いと判断した故のゼロ回答である。
仮に倒産した場合鎌蔵家はどうなるのだろうか……妻の零のネイルサロンもまだ開店して間もなく、順調に滑り出したとはいえ家計を支えられるほどの利益は出ていない……それに子供2人もまだ小さいのに……。
そんなことを考えると匠の胸の奥に黒く重たいものがズシリと乗しかかる。
ふと匠が時計に目をやると支店を出発する時刻である9時になろうとしていた。
「……朝一の集金あるんで……行ってきます……」
と匠がゆっくりと立ち上がると営業課長はどう声をかけて良いのか分からないといった様子で。
「……そうか……行ってらっしゃい……」
とだけ匠に声をかけた。
――――
匠はなるべくいつも通りを装い集金先を回っていたが、ふとした瞬間に鎌蔵社長の朝の言葉が頭の中で再生され、その度に胸の奥の黒いものが大きくなる気がし憂鬱な気分となっていた。
今日は金曜日なので現在匠は午前の最後の集金である花岡事務所へと来ていた。
匠がチラリと横を見るとソファには白い長袖のワイシャツに灰色のカーディガンを羽織った芽依が座っている。
普段なら色々と雑談をしているのだが、匠は今日は自分から積極的に話す気にならず、また何故か芽依も押し黙ったまま何か考え事をしている様子だったので、花岡事務所のエントランスには沈黙が降りていた。
匠はタブレットにいつも通り入力をしつつ、芽依に今回の話を話そうか悩んでいた。
もし話を聞いてもらえれば少しは気持ちが軽くなるだろうか……だが決して楽しくもないこんな話を聞かせられても迷惑なだけだろうか……と。
だが考えれば考えるほど匠は芽依に聞いてほしい気持ちが大きくなったので『次回の飲みの時にお礼に奢ろう』と決心し、匠が口を開くと――。
「「あの……」」
と、匠と芽依の声が重なった。
お互いに軽く驚きつつ、匠が『どうぞ』と続きを促すと芽依は『いえいえ……朝倉さんからどうぞ』と言ってきたので、匠は『そうですか……では……』と言いながら今回の話を話し始める。
鎌蔵興業の過去と現状・今までの社長の努力やその人柄・そして家族のこと等を伝えられる範囲で伝える。
そして同時にそれに対して何もできない自分への失望感も……。
「私みたいな新人のアドバイスだってちゃんと実行してくれて、実際に取引先も増え始めていたんです……そして社長は取引先を広げる努力を今現在も頑張っているんです……きっとあの社長なら融資が実行できて繋げさえすれば業績を立て直せると思うんです……」
芽依は匠の話を目を瞑ったまま聞いていたが、匠の話が終わると目を開け少し考える素振りをする。
「……あの……今のお話って支店長さんにはされたんですか……?」
「……え?」
そう言われ匠はあの時のことを思い返す。
「……いえ……してないですね……」
確かにあの時は協会からゼロ回答だったことを伝えただけだ。
芽依が匠の目を見る。
「私は金融のことは素人なのであれですが……今の朝倉さんの話を聞いて……その社長なら融資さえ出れば本当に立て直せるんじゃないかなっ……て感じました……だから……その……もしまだなら支店長さんにも同じその思いを伝えてみてはいかがかなって……」
「そう……ですね……そうだ……」
例え匠の思いが伝わっても、それでも支店長の気持ちが変わる可能性は限りなく低い。
……だが……と匠は以前の営業課長の言葉を思い出す。
『俺たちはただ数字を見て融資を実行することだけが仕事じゃない。それだけなら機械にだってできる』
そうだ……今まで匠自身が見てきたものを、感じてきたものを伝えてないではないか……。
――まだやれることはある。
匠はそう考えると少しだけ心が軽くなった気がした。
「……ありがとうございます……」
と匠が芽依に頭を下げると芽依は照れ臭そうに笑う。
「いえいえ……素人の意見なので……」
そう言った芽依を見て匠は思い出す。
「そういえば藤森さんは先程何を言おうとしたんです?」
そう言われた芽依は少し視線を落とす。
「……あの……実は……」
その視線が軽く彷徨った後、芽依は顔を上げる。
「……やっぱりなんでも無いです。融資の件上手くいくと良いですね」
と小さく笑いながらそう言った芽依に対し、匠はそれ以上追求することは出来なかった。




