第41話
「日光ってそういえば子供の頃に行ったぶりですね」
サンドイッチを食べながら奏はそう口にする。
「あ、そうなんですね。私は実は初めてなんですよ……一応事前に調べてはあるんですが……」
「そうなんですか……そういえば今日って東照宮と華厳の滝に行くんでしたっけ?」
そう聞かれ匠は手元の資料に目を落とす。
「えっと……その2つに行った後最後に中禅寺湖に寄って終わりですね」
「ふむふむ……天気も良さそうですし紅葉楽しみですね」
「ネットで調べたらちょうどシーズンに入ったところらしいんで人も多そうですけどね……」
「ちょっと~テンション下がること言わないでくださいよ〜」
奏は苦笑しつつそう言いながら抗議の意を込めて匠の二の腕をペシペシと叩く。
「……失礼しました……」
と素直に謝ると奏は許してくれたようで、1つ頷くと抗議は止まった。
そんなこんなやり取りをしていると最初に寄る予定のサービスエリアが近付いてくる。
日帰り旅行に参加されているお客様は高齢の方が多いので、トイレ休憩が多めに取られる予定となっているのだ。
サービスエリアでの匠達の仕事は、お客様が駐車場とトイレの間を安全に渡れるよう旗を使って誘導したり、渡ってる途中に車が来てしまったら渡り終わるまでその車を止めたりといった交通整理が1つ。
もう1つはトイレが終わったお客様がバスを見失って迷子にならない様に旗を高く掲げてバスの前に立っていることだ。
ちなみに旗には『深森信用金庫』とでかでかと書かれている。
日帰り旅行の参加者には朝の受付時に号車毎に色を変えた目印を渡しており、見える所に着けてもらっているので匠達はそれで自分達のお客様かどうかが判別可能となっているというわけだ。
匠は交通整理係なので、慣れないながらも事故だけは起こさないようにと気を配りながら旗を使ってお客様を誘導をした後、出発の時間になったらバスへと戻る。
バスに乗り全員が戻ってきたかを確認するためバスガイドが人数を数えている中自分の席に座り、無事に終えた安堵から一息つくと、隣の奏が苦笑交じりに口を開く。
「……信用金庫の人ってこんなことまでやるんですね……」
そう言った奏の手にはサービスエリアで売っていたのだろう、牛串が握られていた。
ちょっとだけ『美味しそうだな』と思いつつ、言われた匠は重々しく頷く。
「そうなんですよ……正直私も入庫するまで想像もしてませんでした……」
もちろん面接を受けるにあたって『そもそも信用金庫とは何か』といったことや、基本的な仕事内容くらいは事前に調べていたが、まさか毎年阿波踊りを踊りお客様と日帰り旅行に行くことになるとは夢にも思っていなかった……が。
「でもまぁ……非日常感があって割と楽しいですよ?」
と匠が言うと奏は少し考える仕草をした後。
「なるほど……イベントと考えると確かに楽しそうですね……」
「ただ日帰り旅行は……当日は色々な観光地を巡れて楽しいのですが……人を集めるまでが地獄なんですよね……」
と匠が肩をすくめながらそう言うと、今回参加するに至った理由を思い出したのか奏が『あはは』と笑う。
「チラシを渡してきた時の朝倉さん大分苦しそうでしたもんね」
「……それだけ必死だったんです……」
締切り1週間前の時点で集客が足りていないということで、匠達営業は普段16時に帰店するところ、18時まで延長してお客様のところを回っていた。
18時頃にお客様の家に伺うと夕飯の準備をしていることも多く、邪魔をしてしまっているのは重々承知だが、それでも人を集めるために片っ端から声をかけるほどには必死だったのだ。
だがあらかた個人のお客様に声をかけたにも関わらず、それでも3日前の時点で114名とノルマの120名までには至っておらず、一縷の望みにかけて事業所にも声をかけ始めた。
日帰り旅行は平日なので『たまたま有休を取っていて、たまたま1日予定が無くて、偶然にも旅行に行きたいと思っている従業員がいないか』というあまりにも小さな可能性に縋った結果が……。
ちらりと匠が隣を見ると、奏は美味しそうに牛串を食べていた。
その横顔を見ながら『今日はできる限り楽しんでもらえるように頑張ろう』と匠は心の中で誓ったのだった。




