第40話
「本日はご参加いただき誠にありがとうございます。深森信用金庫の朝倉と申します。懸念していた天気も問題無さそうですし、紅葉もちょうどシーズンに入ったとのことなので、是非1日楽しんでいただければと思います。普段の業務とは違う為不慣れな所もありますが、精一杯皆様のサポートをさせて頂きますので本日はよろしくお願い致します」
匠がそう言って頭を下げると、パチパチと拍手が送られた。
匠がマイクをバスガイドに渡し、バスの座席に座るとバスガイドは今日の予定や見所を説明し始めた。
昨日から頭の中で練習していた朝の挨拶を無事に終わらせ、匠が内心でホッとため息をつくと、左隣の窓際席に座っている奏が笑顔で拍手をしてきた。
「流石ですね〜。この人数の前で堂々と話せるのは凄いですね」
「いえいえ……内心ドキドキでしたよ……噛まなくて良かったです」
そう言って匠が奏を見ると、その背後の窓越しに高速で流れていく景色が見える。
深森信用金庫では秋になると、年に1回の日帰りバスツアーが企画される。
いくつかの候補から今年匠の支店が選んだのは『日光日帰りツアー(9,900円)』である。
旅行の2カ月前程にチラシが届くので、まずは毎年参加してくれる常連達に声をかけた後、営業担当は集金先や取引先を中心に集客を行う。
店頭でも窓口や案内係が積極的に来店客に声をかけて、支店一丸となってとにかく人を集める。
何故ここまで必死に集客するのかと言うと、ノルマを下回ると本気で本部から怒られるそうで、どうしても足りない場合は職員の身内や友達に来てもらうケースもあるほど日帰り旅行の集客は絶対なのだ。
その理由ははっきりとはしていないが、風の噂で『最低限その人数を集めないと共催している旅行会社が赤字になってしまうから』と聞いたことがあるが、真偽は不明である。
そして今年課されたノルマは支店全体で120名。
支店総員で集客をしたものの、今年は集まりが悪く、締め切り3日前の時点で参加人数は114名であった。
苦肉の策である祥子にも声をかけてみたが、運悪く仕事と被っており不発。
匠は参加者に『是非お友達とかも誘ってください』と再度お願いしつつ、最後の最後に泣きついたのは……花岡事務所であった。
匠が無理を承知で奏に苦境を説明しつつ『どなたか職員で行ける方がいましたら……』と旅行のチラシを渡したところ、翌日奏から『葬儀の時お世話になったので』と社長から許可が降りた旨を電話で告げられた。
……まさかその参加者が奏になるとは想像もしていなかったが……。
そして他の職員の頑張りもあり、最終的な参加人数は121名。
当日の朝体調不良で2名減って119名となったものの、このケースは問題無いらしい。
1号車から3号車まで各々約40名ずつ乗せた観光バスの3号車に匠は乗っており、高速道路に乗ったタイミングで朝の挨拶を行なったのだ。
「いや本当に来ていただけて助かりました……」
そう安堵と共に匠が奏に告げると、奏は『あはは』と笑う。
会長のあの葬儀の後少しの間奏は落ち込んでいた様子だったが、あれから1ヶ月経ち今はすっかり前の調子に戻ったようだ。
「もう何回もお礼聞きましたって」
「それくらい助かったんですって……」
「それは良かったですけど……私も気分転換出来るのでWin-Winってことで……もうお礼は無しでお願いします……」
そう言いながら奏は『ふわ……』と欠伸をする。
朝の集合が7時に深森信用金庫の支店前と早かったので普段より大分早く起きたのだろう、と想像すると匠は罪悪感から再度お礼を言いたくなるがそこはぐっと堪える。
今日の奏は白のブラウスの上に茶色のベストを合わせており、下半身は黒のストレッチパンツにスニーカーなので、旅行ということで動きやすさを重視しつつも秋らしいコーディネートとなっているな……と匠は思う。
感想を口に出そうか一瞬迷うが、今日は仕事モードなのであえて何も言わないことを選択した。
本来の奏の席は匠の1つ後ろの列に1人で座る予定だったが『1人だと道中つまらないので』と匠の隣に移ってきたので2人は今並んで座っている。
若干眠そうにしつつ『朝ご飯まだでした』とコンビニのサンドイッチを取り出し食べ始めた奏を横目に見つつ、匠は心の中で奏に再度感謝の意を述べたのだった。




