第38話
「朝倉さん今日はありがとうございました。楽しかったです……」
「なら良かったです……個人的には藤森さんが回復しながら崖から落ちていったのが最高でした」
「あぁ……あれはタイミングが絶妙過ぎて……私も久々に涙出るくらい笑いましたよ……」
芽依がそろそろ帰る時間となったので、匠と芽依は駅までの道を並んで歩いている。
駅までは10分もかからない距離だし、大通りを真っ直ぐの一本道だが、匠には芽依を駅まで送らないという選択肢は無かった。
「……でも今日本当にお店じゃなくて良かったんですか……?」
夏祭りの時から抱いていた疑問を匠が口にすると、芽依は匠をチラッと見た後、少し考える様な仕草をする。
「……まぁ……お店は逃げないですし……? 折角お誘いいただいたので……」
「そう……ですか……」
匠は何か腑に落ちないものを感じながらも『本人が良いというのなら良いのだろう』と半ば無理矢理納得することにした。
「それにしても祥子さんと陽さんのお二人『落ち着いた大人の関係』って感じでしたね」
「そうですね……陽さんが落ち着いてるからですかね……付き合い始めて少しした頃に初めて家に来たんですが、その時からあの感じでしたね……」
「……熟年夫婦感……そのうち結婚とかも考えてるんですかね……」
そう言った芽依は夢見心地といった様子だ。
「……どうなんでしょうね……2人からは特に何も聞いてないですが……結婚となると仕事の問題もありますしね……」
「あ〜……陽さんバンドやってるんですもんね……」
祥子はホテルで正社員として働いているが、陽は現在アルバイトである。
「何となくですけど陽さんの性格的にバンドで食べていけるようになるか……諦めてどこかに就職してから……って思ってそうかなと……」
と匠が言うと、芽依は納得したようで『確かに……』と言いながら大きく頷いた後、一度匠を見ると少し逡巡した後に口を開く。
「あの……朝倉さんはその……結婚願望とかあるんですか……?」
「わ……私ですか……?」
「ほら最近は『結婚したくない』って人結構多いじゃないですか……?」
そう言われて匠はどう答えようかと少し考える。
「まぁ……人並みだと思います……良い出会いがあってもし可能ならしたいとは思います……藤森さんはどうなんですか……?」
「そうですね……私も人並みだとは思いますけど……正直結婚生活って想像つかないというか……」
そう困ったように芽依が言うと匠はうんうんと頷く。
「めっちゃ分かります……まぁ私の場合結婚どころか『彼女と付き合う』っていうことすら想像つかないんですが……」
そう匠が自虐的に言うと芽依はくすくすと笑った。
「モテそうなんですけどねぇ……」
「あんまり虐めないでください……」
そんなことを話していたら駅の改札が見えてくる。
「お見送りありがとうございました」
そう言いながら芽依はカバンからICカードの入ったカードケースを取り出す。
「いえいえ」
と返した匠が改札の少し前で見送ろうと立ち止まると、隣にいた芽依は一歩前に出た後立ち止まり匠に振り返る。
「さっきの話ですけど……」
どの話か分からず匠が首を傾けるが、芽依は構わず続ける。
「私は朝倉さん良いと思いますよ?」
と笑顔で言った後、そのまま芽依は『ではまた』と言いながら改札を足早に通り過ぎていった。
匠はあまりにも急に言われたその言葉に思考が停止し、芽依の後ろ姿が見えなくなった後も、しばらくただただ呆然とその場に立ち尽くしていたのだった。




