第33話
会長の通夜が終わり、週が明けて火曜日。
匠がいつも通り花岡事務所を訪問すると、いつもと変わらず奏が手続きを行うためにエントランスに現れた。
奏は黒の7分丈のシャツに黒のパンツを合わせており、いつものお洒落なイメージというよりはかなりシンプルな印象を受ける。
黒で合わせているということは故人を思ってのことなのだろうか……。
そう考えた匠の視線に気付いたのだろう、奏は弱々しく笑う。
「なんとなく……明るい色を着る気が起きなくて……」
そう言った声には力が無かったので、匠はどう声をかけようか迷うが、出てきたのは。
「……大丈夫ですか……?」
というなんとも無骨でシンプルな言葉だった。
そもそも身近な人が亡くなって数日しか経っていないので大丈夫なわけがないのだが、気の利いた言葉の1つも出てこない自分に対し匠は少し苛立ちを感じ若干言ったことを後悔するが、そう言われた奏は少しだけ笑う。
「えぇ……大丈夫です……悲しくないと言えば嘘になりますが……」
そう言いながら奏はいつもの通り匠と人一人分開けて同じソファに座り、クリアファイルから書類や伝票を取り出す。
匠は書類や伝票を受け取りながら奏の様子をそっと伺う。
奏は笑顔こそ浮かべているが、普段の様子から比べれば気落ちしているのは明らかであった。
匠がタブレットに入力を始めると、奏は『そういえば』と口を開く。
「……お通夜お手伝いしていただいたそうで……ありがとうございました」
「いえいえ……お力になれたなら良かったです」
あの後営業課長がまとめていた現金を再度数え直し、芽依の入力したデータと金額が合ったことを確認後、職員全員で一度支店に営業車で戻り金庫に保管した。
そして翌日金庫から取り出すと、そのまま花岡事務所の口座へと入金処理を行い無事に処理が完了した。
匠は最終的に芽依の机に大量に積まれた香典袋を思い返す。
「しかし凄い量でしたね……それだけ取引先も多いということなんでしょうが……香典返しを考えるだけでも大変そうですね……」
香典をもらったら香典返しというお礼の品を送らなくてはならない。もらった金額によって返すものを考えなくてはならないし、それらを送る手続きもしなくてはならないのでかなり大変であろうと匠は想像する。
「本当にそうなんですよね……家は家で相続とか遺品整理の話とかで週末はずっと親戚一同で話し合ってましたし……会社は会社で週開けてから香典返しも含めて事務処理が山積みで……」
そう言った奏の声は言葉通り疲れが滲んでいるようだった。
人が1人いなくなるというのはそれだけ大きいことなんだろう、と匠が考えていると、奏は『ふぅ~……』と長いため息をつく。
「……なんか今……やっと一息つけた気がします……ここのソファに座ったらなんか気が抜けちゃいました……」
そう冗談っぽく奏が言ったので、匠は『あはは』と軽く笑う。
「それはそれは……お疲れ様です……入力が終わるまでゆっくりと休んでいてください」
と匠がそう言うと奏は『ありがとうございます』と言った後、ソファに深く座るとどこか遠くへ視線を彷徨わせ始めた。
2人の間に会話は無く、エントランスには少しの沈黙が訪れる。




