第32話
「1·2·3……こちら合ってます」
そう言いながら匠は机に置いてあった袋を取り、手に持っていた現金と合わせ後ろへと回す。
「ありがとうございます」
と言いながらノートパソコン越しに受け取ったのは芽依だ。
芽依が袋と現金を受け取ったことを確認し、匠は慌ただしく前を向くと机の上に目を向ける。
机の上には香典袋が大量に置かれていた。
匠はそのうちの1つを無造作に手に取り水引をずらしてから外袋を開け、中袋を取り出した後、中から現金を取り出して数え始める。
そのタイミングで隣に座っている営業課長が現金を数え終えたようで、後ろに座っている芽依に渡しているのが横目に見えた。
ここはとある葬儀場の控室。
現在葬儀場では花岡事務所の初代社長であり、現会長の通夜が執り行われている。
3日前匠の支店に訃報が届いた時には軽く衝撃が走った。
支店長曰く膝を痛めてからは足腰はやや悪くしていたものの、特に大病している様子はなく数週間前に会った時は元気だったらしいが、突然心疾患を起こし急死したそうだ。
取引の程度にもよるが、取引先の役員や家族等が亡くなった際、金庫職員が通夜や葬式に参列することは多い。
匠達もそのつもりで準備をしていたが、2日前に花岡社長から支店長に連絡があり『通夜を手伝って欲しい』との申し出があったらしい。
花岡事務所の規模であれば相当な人数が通夜に参列することが予想される。
それはつまり大量の香典が来るということであり、その袋を1つ1つ開けて中の現金と中袋に書かれている金額が合っているかを確認するだけでも大変な作業だ。
その為普段からほぼ毎日現金を数えており、素早く札勘定ができる匠達に白羽の矢が立ったようだ。
またそれだけの香典となれば金額も相当なものになるので、防犯的にもそのまま匠達に現金を預かって欲しいとのことで、花岡事務所からしたら一石二鳥というわけだ。
通常参列することはあっても手伝うことは無いのだが、そこは花岡事務所ということで例外的に支店長は承諾したようだ。
支店長は通夜に参列しており、匠と入庫5年目の営業主任及び営業課長の3人が控室にて現金を数え、中袋に記載されている金額と合っているかを確認した後芽依に渡す。
芽依は受け取った現金は紛失しないよう別途保管した後、袋を見ながら参列者名と金額をノートパソコンに記録する、といった流れだ。
控室の扉が開いたと思ったら、受付をしている花岡事務所の職員が『こちらもよろしくお願いします』と追加の香典を大量に持ってきたのを見て、匠は『まだまだ終わらなそうだな』と長期戦を覚悟する。
機械的に作業を続ける中で匠の頭に浮かんだのは奏のことだ。
以前奏は小さい頃に現会長である祖父に『よく海外の色々な所に連れて行ってもらった』と話していた。
また、芽依から聞いた話では奏と会長は今も仲が良く見えたそうだし、会長が孫である奏をとても可愛がっているのが言動からも伝わってきていたらしい。
一緒に住んでいるというのも以前聞いていたが、そんな身近な人物が急死した奏は今一体何を感じ、何を思っているのだろうか、と匠は思う。
奏は親族として通夜に参加しているようだが、匠にはその顔を見ることはできない。
顔を見たところで奏が何を思っているかなんて匠にはもちろん分からないのだが、顔を見ることすらできないという状況になんとなく憤りのようなものを感じるのは何故なのだろうか……と匠は思う。
どこからともなく湧いてきたもやもやを振り払うように匠は『ふぅ……』と小さくため息をついた後、次の香典袋に手を伸ばした。




