第28話
芽依は笑顔で小さく手を振りながら匠達に近づいてくると『お疲れ様でした。良かったらどうぞ』と言いながら、振っていた手とは反対の手を匠の前に差し出した。
差し出された手に握られている物に匠が目線を動かすと、それはビールの缶。
「……えっと……」
流されるままに缶を受け取った匠は戸惑う。
渡された缶がビールだったから、では無い。
缶が半分程減っていたからだ。
『つまりそれって……』と思いながら匠は芽依を見るが、芽依は分かっていてやっているのか、元々気にしない性分なのか分からないが、匠の懸念とは別のところで弁解を始める。
「あ、ちゃんとうちの部長に許可はもらって飲んでますからね?」
話を聞くと花岡事務所も地元企業ということでお祭りのお手伝いで来ているらしい。
運営本部で朝から地元企業や団体が持ってきたお祝い金を受け取り、領収書を作成して渡していたそうだ。
今年の担当は芽依と経理部長らしいが、お昼前になり受付が落ち着いた頃、運営本部のスタッフが『良かったら』とクーラーボックスに入ったビールを持ってきたそうで、経理部長と『お祭りだし1本くらい良いだろう』という話になったそうだ。
「で、そのまま『お昼を交代で食べよう』ということになって、私からどうぞと言われたのでこっちに来てみたら朝倉さんが踊ってるのが見えたので……」
「そうだったんですね……」
匠はそう言いながら受け取った缶を見る。
お祭りということもあり、昨年も一昨年も匠達職員で飲みたい人は普通に飲んでいたので、アルコールを飲むこと自体は別にダメではない。
変に意識しているように思われるのも格好悪いと思い、匠は何も意識していない風を装い軽く一口飲む。
「……ありがとうございます」
と言いながら匠が芽依に缶を返すと『いえいえ』と言いながら、そのまま芽依もまた一口缶に口をつける。
「……しかしあの踊りを見られてたと思うと……恥ずかしいですね……」
匠は芽依が缶に口をつけるのを見て内心ソワソワしつつも、意識を逸らすようにそう口にすると。
「いえいえ、全力で踊ってて格好良かったですよ? 法被も様になってますし」
そう言いながら芽依はくすくすと笑う。
匠と芽依がそんな会話をしていると……。
『お……おい……あの綺麗な人誰……?』
『今間接キスしてませんでした……?』
『朝倉さんお姉さんいるって言ってたからお姉さんじゃない……?』
『年離れてるって言ってた気がするけど……その割に随分と若そうじゃない……?』
と背後でまだ残っていた他の職員達がざわついているのが聞こえてくる。
まさかやり取りを見られていたとは思っておらず、匠が焦りながら『頼むからこのまま姉だと勘違いしててくれ……』と願うも虚しく窓口担当の女性が『あっ!』と声を上げる。
『見たことあると思ったら花岡事務所の経理の人じゃないですか? 前に何度か窓口に来たことありますよ!』
週2回匠が集金しているとはいえ、急ぎの用事があれば窓口に来ることは当然ある。
『え……ということは……?』
『朝倉さん担当でしたよね……?』
『随分と親しげですけど……』
『ただの取引先の担当って感じの距離感じゃなくないですか……?』
と、更にざわつきが大きくなるのが聞こえ、匠は居心地の悪さからこの場から急いで逃げることを選択する。
「藤森さんお昼まだなんですよね……!? 私もなんで買いに行きましょう!!」
と半ばやけになった匠が芽依の右手を掴み歩き出すと、芽依は1つ驚いた表情をした後、笑顔で匠の後ろを歩き出す。
その様子を見ていた他の職員達が何か言っているのが聞こえたので、後で問い詰められる恐怖を感じつつも匠はあまりその事は考えないようにしつつ、芽依の歩くスピードに合わせてゆっくりと屋台に向かって歩いていく。




