第25話
再度ホテルのエレベーターに乗り10フロア分上へと移動し、匠と奏は薄暗いバーのカウンターに座っていた。
横を見るとおよそ180°程がレストランと同様にガラス張りとなっており、その向こう側には先ほどと同様見事な夜景が眼下に広がっていた。
匠がバーテンダーから渡されたメニューを見るとカクテルの欄に見慣れない名前がいくつか書かれている。
少し上を見てみると『当店オリジナルカクテル』と書かれていたので、匠はその中の1つから適当に注文してみることにした。
匠が注文を決め奏を見ると、奏は『むむむ……』と悩んでいるようだったが、結局カルーアミルクにしたようだ。
注文後、程なくして提供されたドリンクで乾杯をし、お互いグラスに口を付ける。
――と、奏が『どうですか?』と感想を聞いてきたので匠は口の中の味をどう表現するか考える。
「そう……ですね……カカオが入っていると書かれていたので甘めかと思ったら意外に苦みがありますが……その後に爽やかなライムの味がきて……うん、結構好きな味ですね」
匠の感想を聞いて奏はふんふんと興味深そうに頷いている。
「というか興味があるなら花岡さんもオリジナルカクテルから選べば良かったのでは?」
という匠の至極当然な疑問に奏は少し居心地の悪そうな表情を見せる。
「いや~……実は私……食に関しては割と保守的というか……」
そう言った奏は若干恥ずかしそうにしている。
「食べたこと無いメニューに興味が無いわけではないのですが……普段口にしないものって躊躇してしまうんですよね……その点朝倉さんは先ほども麻辣湯を『食べたこと無いから』って食べてましたし……勇気がありますよね……」
そう言われ匠は苦笑しつつ否定する。
「いやいや……勇気があるというよりはただの好奇心ですよ? 『どんな味なんだろう』って」
「私からしたらそれが凄いんです……例えば……以前台湾に行ったんですけど……朝倉さんは臭豆腐ってご存じですか?」
匠は聞いたことが無い単語に首を横に振る。
「臭い豆腐って書くんですけど……まぁ要するに豆腐を腐らせたものであっちでは割とポピュラーなんです」
「なんか納豆みたいですね……」
「まぁ同じ発酵した大豆食品ですしね……で、私納豆は食べられるので、旅行前は『せっかく現地に行くし臭豆腐を食べてみたい!』と思っていたんです」
「……でも食べなかったと?」
と匠が言うと奏は深く頷く。
「街中に降り立った瞬間に物凄い刺激臭がしたんです……臭いの方を見たら臭豆腐の屋台で……その時点で心が折れました……」
そう言った奏の表情があまりにもげんなりとしていたので思わず匠は笑う。
「あとはオーストラリアに行った時のカンガルー肉も同様で……レストランの前までは行ったんですが結局怖気づいてしまって……で、帰国してからちょっと後悔するんです『せっかく行ったのに』って……だから普段食べないものを躊躇なく食べられる人はちょっと羨ましいです……」
匠が奏を見ると過去を思い出しているのか、少し悲しそうな表情だったので話題を変えることを選択する。
「というか花岡さん色々な国に行っているんですね……海外旅行が趣味とかですか?」
と匠が言うと奏は少し考える素振りをした後。
「……そうですね……おじいちゃんが足腰が元気だった時は元々海外旅行が好きで……私と兄が小さい頃に色々な所に連れていってくれたんです……その影響だと思いますが、たま~に行きたくなるので友達誘って行ったりしていますね……趣味かと聞かれると微妙ですが……」
「ちなみに何か国くらい行かれたことあるんです?」
そう聞かれた奏は手の指を折りながら数え始めるが『アメリカでしょ……カナダ……オーストラリア……イタリア……イギリス……スイス……フランス……ドイツ……』と物凄い速度で数が増えていく様に匠は少し圧倒される。
「多分15いかないくらいだと思います」
という笑顔の奏の言葉に匠は驚きを隠さない。
「いや……めちゃめちゃ行ってますね……てか海外で食べられるもの無かったら困らないんですか?」
と匠が問うと。
「まぁ食べ馴染みがある欧米が中心ですし……あと意外と中華料理のお店は何処にでもあるんですよ。イギリス行ったときは味が合わなくてずっと炒飯食べてました」
と何故かドヤ顔だ。
「ちなみに朝倉さんは海外は?」
と聞かれ匠は少し恥ずかしさを覚えながら答える。
「いや……実のところ海外に行ったこと無いんですよね……言葉が通じないし……文化が違うところに行くっていうのに怖さを感じるというか……」
と匠が言うと奏は少し首を傾げ考えた後『あぁ』と何かを思いついたように漏らす。
「なんか私の食べ物の話と通じません? 私が普段食べないものを食べるのを躊躇するのと同じように、朝倉さんは普段行かない所に行くのを躊躇する、みたいな?」
と言われ匠は深く納得する。
「言われてみればそうですね……凄く納得しました……」
「人それぞれで面白いですね」
そう言いながら奏は『あはは』と笑う。
その横顔を匠が思わず無言で見つめてしまうと、奏はその視線に気付いたようだ。
「……どうしました……?」
と聞かれ匠は少し慌てて目線を外し前を向く。
「あ……いえ……海外の色々な所を行っているって聞いて……やっぱりお嬢様なんだなぁ……と」
そう言われ奏はキョトンとした表情をした後、少し困ったような表情になる。
「わ……私がですか……? いやいやそんなキャラじゃ無いですよ……」
「……でも世間一般から見たら所謂社長令嬢なわけですし……住む世界が違うなぁ……と」
そう匠が言うと奏は少し拗ねたような表情になる。
「もぅ……本当に辞めてください……」
そう言った奏の声がいつもより弱々しかったので、本当に嫌だったようだと気付き慌てて匠はすぐに謝ることを選択する。
「すみません……もう言いませんので……」
と匠が言うと奏は『お願いします』と言いながら少しだけ困ったように笑った。




