第22話
「本当に良かったですね……」
そう言った奏は柔らかい表情だった。
今日の奏は白いロングスカートに薄めのラベンダー色のシャツで、爽やかな雰囲気が奏に似合っていると匠は相も変わらず胸の中で感想を述べる。
「えぇ……余計なことをしてしまったかと少し後悔していたのですが、なんとか良い方向に進んでくれたようで良かったです……」
そう言いながら匠は安堵のため息を漏らす。
あの後融資の実行が決まり、実行書類をもらいに小佐野クリニックを訪問したところ、誠は匠に『私が馬鹿でした』と言った後、感謝の意を告げながら頭を下げたので、匠はただただ恐縮することしかできなかった。
「……まぁ正直話を聞きながら朝倉さんなら絶対口を出すだろうなと思ってました」
そう言った奏はくすくすと笑っている。
「……そう……ですか……?」
と匠が言うと奏は大きく頷く。
「えぇ、それでこそ朝倉さんって感じですね」
「……なんか……他人のデリケートな所にずけずけと遠慮なく土足で入っていく人みたいですね……」
という匠の言葉に奏は『あはは』と一つ笑った後。
「そうじゃなくて……朝倉さんは困っている人が居たら放っておけないんだと思います……。やれることがあったら全力を尽くす……みたいな……?」
そう言われ匠は少し目を閉じて考える。
「……そう……ですね……やれる事をやっても上手くいかない事もあるので……できる限りは最善を尽くしたいというのはあるかもしれません……」
奏は匠の家庭事情を知っているので、どうやらその言葉の真意が伝わったようで、なんだか嬉しそうにうんうんと頷くと。
「やっぱり、それでこそ朝倉さんって感じです」
と笑顔で言ったので、匠は少しこそばゆいものを感じつつ。
「一応……褒め言葉として受け止めておきます……」
と返すと奏は再度うんうんと頷いた後、思い出したように口を開く。
「あ、そういえば習い事の方はどうなったんですか?」
そう言われ匠がタブレットに入力する手を止め奏を見ると、奏は興味深そうに匠を見つめていた。
匠はその視線に少し恥ずかしさを感じ、奏から目線を外すと由香里との会話を思い出す。
「……えっと……具体的には聞いていないですが、話し合った結果いくつか減らしたとは言っていましたね」
実際に匠が幼稚園のバス停になっている公園の前を通った時、お友達と楽しそうに遊んでいる駿太郎を見かけたので、いくつか減らせたのだろう。
また子供達から少し離れたところには由香里達母親が立っており、見守りながら楽しそうに談笑をしていた。
先日『今度バス停の人達と子供達が幼稚園に行っている時間にお茶をすることになった』と由香里は言っていたので、所謂ママ友もできたようだ。
そういったことも含めて習い事が減らせたのは良かったことのように匠には思えた。
そんなことを話している内に匠はタブレットへの預かり物件の入力が終わったので、奏に通帳等の数であったり伝票の金額等を確認してもらった後、タブレット上にフルネームでサインをもらう。
完了画面まで問題なくいったことを確認し、匠が『それでは』と言いながらソファから立ち上がろうと腰を浮かした瞬間――。
「あ……あの! 明日って祝日じゃないですか……!」
と突然奏が言った為、『そうですね……?』と言いながら頭にクエスチョンマークを浮かべつつ匠は再度ソファに腰を下ろす。
確かに明日は水曜日だが祝日の為お休みである。
それがどうしたのだろうかと奏を見ると視線を左右に動かしながら、どう言おうかと言葉を探しているようだ。
「えっと……その……藤森さんとホテルのビュッフェ行く予定だったんですけど……」
「あぁ……前に藤森さんが仰ってましたね」
あの時は突然話題を逸らされた印象の方が強かったが、確かに以前芽依は奏とホテルのビュッフェに行く約束をしたと言っていた。
どうやらそれが明日だったようだ。
「……ただ藤森さん夏風邪引いてしまったみたいで……今日お休みなんですよ……」
「え、そうなんですか……心配ですね……」
「メッセージ送ったらそこまで酷くはないようなんですが……明日は厳しいとのことで……」
明日までに治っているか保証は無いし、仮に治ったとしても病み上がりにビュッフェは厳しいだろう。
「ただ……その……キャンセルしようとしたら……前日だと50%キャンセル料がかかるそうで……勿体ないので誰か行けないかと学生時代の友人に聞いたんですが皆都合がつかなくて……」
そこまで言った奏は何か言い辛そうにくちをもごもごと動かしていたが、少しの間の後、やや上目遣いになりながら意を決したように口を開く。
「えっと……藤森さんとはまた改めて行くとして……朝倉さんさえ良かったら明日いかがかな……と……」
そう言った奏の頬はややピンク色に染まっており、不安と緊張が入り混じった目線で匠を見つめ……。
――その目線を受けた匠の心臓は一つ大きく飛び跳ねた。
――――
その日の夜。
匠は何度もスマホのメッセージアプリを立ち上げてはトーク欄にある『花岡 奏』の文字を見て何とも言えないソワソワとした気持ちになった後、名前をタップする。
そこには『よろしくお願いします』『こちらこそよろしくお願いします』というシンプルな文字のやり取りの後、奏から『よろしく』とチワワのイラストが言っているスタンプが送られており、その後に明日のホテルの詳細が送られてきていた。
匠はそのやり取りを見てはただただベッドの上で悶えるのであった。




